前回の「細巻き(関東では「のり巻き」)」話の続きである。
細巻きの種類の中で人気ものといえば、「鉄火巻き」であろう。私も好きなこの巻きものには、ちょっと笑える謂(い)われがある。
「鉄火」に込められた意味
ご存じのように、「鉄火巻き」とは、まぐろとおろし山葵を芯に、海苔で巻いた細巻きで、江戸前の寿司では新風で、幕末から明治初期頃に創作されたものという。
ではなぜ「鉄火巻き」という摩訶不思議な名前が付けられたのだろうか?それには面白い謂われがあったのだ。
まずはじめに、「鉄火」とはどういう意味かというと、[名詞]としては、<①真っ赤に焼けた鉄。><②刀剣と鉄砲。><③弾丸を発射するときに出る火。銃火。><④「鉄火巻き」「鉄火丼」の略。><⑤「鉄火打ち」の略。><⑥中世の裁判の一。神前で①を握らせ、火傷の程度によって判決を下した。>とあり、また[名・形動詞]としては、<気性が激しく、さっぱりしていること。威勢がよくて勇ましいこと。また、そのさま。多く、女性についていう。例:「鉄火な姐御(あねご)」>とされている。(『デジタル大辞泉』)
以上のような語意から、<バクチ場や賭場(とば)を「鉄火場(てっかば)」><バクチ打ちを「鉄火打ち」><勇敢で激しい気性、また、その人を「鉄火肌」といい、多く、女性についていう。>ともある。
鉄火な姐御に憧れる
まあ何とも激しさと怖さに満ちた意味合いのオンパレードではないか。言い換えれば「鉄火巻き」とは、「弾丸が発射されて火を噴いたような細巻き」ということになり、物騒な寿司なのである。
それもそのはず、「鉄火巻き」は、鉄火場で、鉄火打ちが、バクチをしながら食べていたという説もある。バクチ打ちたちは、賭け事に熱中するあまり、食事時間など忘れてしまうこともしばしばで、まして勝負の最中に呑気に食事などはしていられない。そこで、賭け事をしながら、箸を持たず片手でつまめる寿司は便利であった。かといって握り寿司では指先がべとつき、サイコロや花札も汚れてしまう。そこで考え出されたのが、こののり巻きだったというのだ。当時 人気のネタであったのだろう、まぐろを海苔で巻いて出したところ、バクチ打ちたちに受けた。
それにしても、まぐろの赤身を銃火に見立てるとは、いかにも鉄火肌な人が多かったと思われる江戸風で、とても愉快である。
ヤクザ映画で、片肌を脱いでサイコロを振ったり、花札を切ったりする鉄火な姐御に憧れがある私。これから鉄火巻きを食べる時は、鮮やかな手さばきで、サイコロのツボを振るがごとく、花札を切るがごとく、威勢よく頬張ろう―「はいります」。
歳時記×食文化研究所
代表 北野智子
文庫版サイズ(厚さ1.2×横10.5×縦14.8cm)
304頁
定価:本体1,800円+税
発行:株式会社IDP出版
ISBN978-4-905130-43-7
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