だいぶ前になるが、某新聞(全国紙)に、「おにぎり」と「のり巻き」のどちらが好きか? という読者へのアンケートがあり、これを見た私は、「はて?」と思った。
なぜなら私は、「おにぎり」とは、掌に塩をつけてご飯を握った、いわゆる握り飯のことであり、「のり巻き」とは、茶碗に盛られたご飯の上に海苔をのせ、お箸でご飯をくるんと巻いたものと、幼い頃から理解していたので、この設問は、ご飯と海苔を一緒に食べる際、どちらの形状が好きか?というちょっと変わったアンケートだなと思ったからだ。
「のり巻き」が寿司のこととは知らず…
しかし、驚いたことに、読み進んでいくと違っていたのである。「おにぎり」の方は当然ながら間違いなかったが、ここでいう「のり巻き」とは、私たちが、「細巻き」と呼んでいる寿司のことであった。なんと、全国では、「細巻き寿司」のことを「のり巻き」というのだ! 我々大阪人は、海苔で巻いた寿司、いわゆる「巻きもの」と呼ばれる寿司には、その種類ごとに名前があるので、サイズの大きいものから順に、「太巻き」「巻き寿司」「細巻き」「手巻き」と呼ぶ。
海苔を焼くか・焼かないか
早速いろいろと文献を調べてみると、「海苔で巻いた寿司」は、関東では「のり巻き」、関西では「巻き寿司」と呼ぶとあった。しかし、これらは同じものではなく、その太さ、具材、巻く時に海苔を焼く・焼かないなどいろいろと違いがある。
関東ののり巻きは海苔に火を当てた細巻きで、関西の巻き寿司は海苔に火を当てない。なぜかというと、巻いてから直ぐに食べることが多いのり巻き(関西でいう細巻き)は、あぶってから短時間が勝負とされる海苔の香味を味わえる。
さすが江戸の代表的な土産で、全国に名を馳せた浅草海苔を生んだ関東、のり巻きは江戸前すしの中に加えるピカイチのものとされ、昔はのり巻きと注文すれば、江戸風ではかんぴょうと決まっていたという。
一方、関西の巻き寿司はあぶらない海苔で巻く。大阪ずしは時間をかけてなじませるものであり、巻き寿司は遠足や行楽などの弁当に入れられるなど、時間が経過して食べられることが普通であるためである。
いずれも大好物 大阪の巻きもの4種
大阪の「巻き寿司」は、甘めに煮た高野豆腐・かんぴょう・椎茸に、伊達巻き、三つ葉かきゅうりを芯にしたもので、節分の際に丸かぶりをするのがこれ。「太巻き」は、ここへ焼き穴子や玉子焼き、海老そぼろなどが入る。
「細巻き」は、まぐろのみの鉄火巻き、そこへきゅうりを入れた鉄きゅう、いかときゅうりのいかきゅう、焼き穴子ときゅうりの穴きゅうなど、添えのきゅうり以外はネタ1種を巻いたものや、きゅうりだけのかっぱ巻きなど、細い巻きもののこと。「手巻き」は、巻き簀は使わず、上記3種の巻きものより小さなサイズの海苔でシャリと1種のネタを手でくるっと巻いたもの。「細巻き」と「手巻き」の海苔はあぶり、山葵は必須である。
『名飯部類』(1802年<享和2>)は、飯料理を149種もあげて、その製法を記した料理書だが、その中に「巻すし、又 紫菜(のり)まきすしとも」として、巻き寿司の作り方が載っている。
「浅草紫菜を板上にひろげて前(前述の)こけらすしの飯を置、加料(ぐ)には、鯛・鰒魚(あわび)・椎茸・野蜀葵(みつば)・紫蘇苗(めしそ)の類を用ひ、堅く巻、巾(ふきん)を水にてしめし、上に覆ひしばらくして切(きる)」。
この「こけらすし」とは箱ずしの類のことで、魚の身を薄くひらひらに切って乗せると、こけら(木屑)のようにみえるので、こう呼ばれた。巻き簀は使わずに巻いているようだ。それにしても鯛や鰒魚も巻き込むとは、なかなか豪華な巻き寿司ではないか。ぜひ食べてみたいものだ。
ようやく意味がわかった上で、このアンケートの設問を考えてみたら、おにぎりはもちろん好物だが、巻き寿司と太巻き好きで、日常的に食べている大阪人にとっては、どちらかに決めるのは悩ましいことである。
歳時記×食文化研究所
代表 北野智子
文庫版サイズ(厚さ1.2×横10.5×縦14.8cm)
304頁
定価:本体1,800円+税
発行:株式会社IDP出版
ISBN978-4-905130-43-7
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