蒸し暑くなってくると、辛味や爽味のある食べものが欲しくなる。料理やラーメン、スナック類の激辛モノが人気となって久しいが、辛いものに強い人が、どんな辛さに対しても強いのかといえば、どうもそうではないようだ。例えば、トウガラシ系(大阪人には「トンガラシ」という人が多い)に強い人をはじめ、コショウ系、カラシ系、ワサビ系、塩系など、人それぞれに得意ジャンルがあるようだ。
ピリリの味わい
ちなみに世界三大香辛料といえば、トウガラシ、コショウ、カラシということになっており、中でもトウガラシは、他の2種に遅れて世界市場に登場したのだが、現在では最も多く栽培され、消費されている香辛料となっている。
私の場合は、イカの塩辛や酒盗(カツオ内臓の塩漬け)など、お酒のアテということなら塩辛系にも強いが、一番好きな香辛料は山椒かもしれない。麻婆豆腐などに使われる中国原産の山椒・花椒(ホワジャオ)も近年人気であるが、ここでいう山椒は日本のもの。いやいや、地味な存在などと侮ってはいけない。
山椒は爽やかでピリ辛く、舌を心地よくしびれさせる魔力を持っており、「山椒は小粒でピリリと辛い」と、ことわざにあるように、その辛さの表現は、「ピリリ」というべきであろう。このことわざ、一見するとただ山椒の形状と味わいを語っているだけのようであるが、「からだは小さくても、気性や才能が鋭くすぐれていて、侮れない」ことの例えというから、さすがは魔力を持つ山椒、侮れない。
山椒三昧 小料理屋ごっこ
幼い頃から、鰻丼や鰻の肝焼き、ハモや穴子のつけ焼き、親子丼、しじみ汁には必ず山椒をかけるおしゃまなチビであったが、ここ3ヵ月ほどハマっているのは山椒の粉ではなく、葉(木の芽)の魔力である。
それは、私たち猟師の師匠や仲間たちが狩猟の罠(わな)の道具作りをしたり、情報交換をしたりする溜まり場となっている山小屋の、すぐ前の山で自生している山椒の木を見つけたことに始まった。この山椒の木から一枝、二枝と、枝ごと切っては持ち帰りを繰り返し、春から初夏にかけて頭からタケノコが生えてくるほど食べたタケノコ料理にバンバン使っていたからなのだ。タケノコと山椒は相性バツグンであるが、ほかの食材とも相性がよい。
猪肉の塩焼きや煮込み、焼き鳥にも合うし、魚料理であれば、鯛のカブト煮をはじめ煮魚全般、茄子や豆腐の田楽、炊き込みご飯やばら寿司などに、山椒の葉をたっぷりのせたり、吸い物に浮かべたり。また細かく刻んだ山椒の葉を混ぜた醤油と味醂に浸しておいた魚介や肉を焼くと山椒焼きとなり、オツな味わいだ。山椒の葉と昆布をコトコト煮て佃煮も作ったが、ねっとりと重なり合う昆布の間に忍び込んだ山椒が、これまたいい仕事をしている。ほかにも、刻んだ葉を濡れおかきにふりかけて自家製山椒おかきにして新茶を啜ったりもした。
これらの料理は、舌ではなく、まず鼻で味わう。山椒独特の芳香が風流な微風となり鼻腔をスワァ~と抜け、食欲倍増、いや五倍増となり、一口含めば、ピリリの魔力がやってくる。もう一つの良い点は、たっぷりの山椒の葉をのせたり、使ったりした料理にはそこはかとなく品が漂っており、店で食べている気分にもしてくれるのだ。
というわけで、まだしばらくは、自宅で小料理屋ごっこが続きそうである。
歳時記×食文化研究所
北野 智子