【歴メシを愉しむ(156)】「テキ」は素敵

カテゴリー:食情報 投稿日:2024.08.02

暑気ムンムンの日々、バテて朦朧としている私に、空の彼方から、懐かしい母の声が聞こえてくるような気がした。それは、「トモちゃん、今晩 テキにしょうか」という弾むような明るい声である。

 

「テキ」の日は嬉し

「テキ」。かつて大阪では、「ビーフステーキ」のことを、このように呼んだものだ。

「ビフテキ」と呼ぶことも多いが、実家ではずっと「テキ」であった。

実家の近くにあった市場の中の精肉店では、薄切りやカレー・シチュー用など普段使いの肉とは別のケースに、白い布に巻かれた大きなサーロインやヘレ(フィレのこと)の肉塊がうやうやしく並べられていた。店の人に希望の厚さと枚数を伝えて、その肉塊を切り分けてもらうのであった。我が家ではいつもテキといえば、ヘレ肉だったように思う。

話は逸れるが、幼い頃、その肉屋さんには思い出がある。母が特別ケースの前で、「テキにするから、ヘレ肉を分厚く切ってちょうだい」などとお店の人に注文している横で、「今夜はテキやな」と嬉しくはなるものの、私にはそれよりも気になる存在があった。それはショーケースの上に置かれたQBBチーズの空き缶に入れて売られていたキュートなブタさんキャラが描かれているブンタッタソーセージ(日本ハムから1969年に発売され、大人気だった)だ。すると、常連客の母と懇意だった肉屋の奥さんが、買い物について来てブンタッタをじっと睨んでいるおチビの私に、「はい、おまけ」と言って1本くれるのだ。

今 思い起こせば恥ずかしい限りだが、往時はそんな人情味溢れる買い物風景が市場のそこここにあり、とても懐かしく、心が温かくなる。

 

「ビフテキ」の語源

現在、一般的には「ビーフステーキ」と呼ばれることが多いが、「ビフテキ」と呼ぶ人もおり、関西では多いように思う。「ビーフステーキ」を略して「ビフテキ」となったと広く知られているが、その語源には諸説ある。

『世界たべもの起源事典』(岡田哲編/東京堂出版)によると、そもそも「ビーフステーキ」は、イギリスのロンドン発祥の焼き牛肉料理だという。肉を金串に刺して炙っていたものが、切り身をフライパンで焼く「ビーフステーキ」になったとされている。

しかし、イギリスだけでなく、フランスでも同様の食文化があり、フランス語の[bifteck/ビフテック]が、日本で訛って「ビフテキ」になったという説もある。

明治時代初期、西洋料理は、当初のイギリス風からフランス風に変わり、フランス料理が外国使臣への正餐となり、この習慣は今日に及んでいる。この歴史背景からすれば、どうやら「ビフテキ」の呼称は、フランス語の「ビフテック」が訛った説が有力なのかもしれない。

 

テキの来襲か

大人になってから、東京から来た友人たちを神戸へ案内し、洋食を食べに行った時、私が、「やっぱりテキやね」と言ったら、「何それ?」と訊かれて驚いたことがある。いやもちろん、「ビーフステーキ」という呼び名があるのは知っていたが、全国でも、略して「テキ」と呼んでいると思っていたからだ。

そこで私が、「テキが襲ってくるねん」と冗談を言ったら、東京フレンズはさらにキョトンとしていたので、大いに笑ったものだ。

さて、そんなことを思い出しながら、かつて滋養強壮の薬としても重宝されていた牛肉の分厚い「テキ」を食べて、暑気バテを吹き飛ばそうぞ。

歳時記×食文化研究所

代表 北野智子

 

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この記事を書いた人

編集部
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