前回のテーマである夏の名残の「いたちきゅうり」は、残念ながらあれから食べることは叶わなかった。
その後 10月に入っても暑い日々は続き、今年は、残暑の苦しさからひとっ飛びに晩秋の風情を感じるようなうすら寒い時節へと移り変わったような気温の変化だったように思える。まるで、四季から秋が間引かれて季節が移り変わったようだ。
「間引き菜」とはどんな菜っ葉なのか
さて、本日のテーマは、「間引かれた」食べものの話である。ここでいう「間引く」とは、「野菜などを十分に生育させるために、間を隔てて抜いて、まばらにする」という意味。恥ずかしながら、この動詞形の「間引く」の意味しか知らなかった私、先日、「間引き菜」という名詞形になっている野菜を初めて食べたのであった。
毎日 有害鳥獣捕獲の猟師として猪の罠猟をしているいつもの農園の方から、「間引き菜、持って帰るぅ~?」と訊かれ、どんな種類の菜っ葉だろう?と思いきや、畑で栽培されている大根の芽のことであった。
「間引き菜」とは、「小さいうちに引き抜かれた葉菜類の苗の総称」で、自身で畑や菜園を持っている人なら、当然ご存知だろうが、間引き菜が収穫できる野菜は、大根以外にも、かぶ、小松菜、ほうれん草、菊菜、人参、ラディッシュほかいろいろとあるという。
小さな菜から漂う大根の風格
私が今まで育てた経験のある農作物といえば、イタリアンハーブをメインとした数十種類のハーブや丹波の黒豆枝豆、プチトマト、いんげんなどで、その他といえば日本酒仕込み体験での酒米栽培ぐらいのもの。
大根の畝(うね)いっぱいに、太陽を浴びて濃い緑色の菜が青々びっしりと育っており、それらを間引くのも初体験で、あっと言う間に大きな籠いっぱいになった。
丁寧に洗って、お浸しや炒めもの、味噌汁などで初食いした大根の間引き菜は、ちんまり頼りなげな小ささながら、シャキシャキの歯ごたえ、生意気なほどの大根の辛味とほの苦みを持っており、すでにキミは一人前ではないか!と驚いたし、とても美味しかった。しかも栄養たっぷりなのも嬉しい。
大根と歩んできた長い歴史
日本では大根は古くから栽培され、『日本書紀』に「於朋泥(おほね)」と記されているのが最初の文献という。『万葉集』には、仁徳天皇が皇后の美しさを称えた歌に、「於朋泥のように真っ白い腕」とあるが、古代日本では、大根の白さは女性美の象徴とされたのだとか。
ということは同時に、間引き菜は大根とともにあるので、大変歴史ある菜であるのだ。
『飲食事典』(1958年/本山荻舟/平凡社)の「間引き菜」の項に、『太平記』に「うぬが首は精進料理の間引菜と、ちょいと引き抜き捨ててけり」とあるとされ、ひどい言われようだが、この時代、間引き菜は精進料理に使われていたのがわかる。
間引き菜に舌鼓を打って間もなく、残念ながら農園では、今年の異常気象のせいで、大根の苗が全滅してしまった。結果として、大根の生長のために間引いたのに、その間引き菜だけを味わうことになってしまったのは、なんという皮肉なことだろう(後日、新たに大根の種をまかれたとのことで、この冬が楽しみである)。
歳時記×食文化研究所
代表 北野智子
文庫版サイズ(厚さ1.6×横10.5×縦14.8cm)
464頁
定価:本体2,000円+税
発行:株式会社IDP出版
ISBN978-4-905130-46-8
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