
前回の節分行事食でも触れたが、岡山の猟師仲間が、大事に育てている名古屋コーチンが産んだたまごを送ってきてくれた。
そっと割って、炊きたてご飯にぽろんとのせると、オレンジ色に輝く美しい黄身に弾力のある白身には、甘みとコク、とろみがあって、とても美味であった。惜しみつつ大事に食べていたが、すでに食べ尽くした今、時々その旨すぎた味を思い出し、ヨダレが出そうになっている。
名古屋コーチンの生みの親は武士だった
明治以来、養鶏王国と呼ばれる愛知県で生み出された、日本在来品種の名古屋コーチンは、肉も美味しく、たまごも多く産む高級な地鶏として有名だ。その歴史というのが、明治の初めに旧尾張藩の藩士によって作り出されたというのが面白い。
『日本の味 探求事典』(岡田哲編/東京堂出版)によると、廃藩置県の後、収入を絶たれた旧尾張藩士・海部正秀兄弟が、春日井郡池内村に帰農して養鶏を始め、明治15(1882)年に、在来種と安政の頃(1854~60)中国より伝えられた外来のコーチン種を交配して薄羽(うすば)海部種を作り出し、後に、名古屋コーチンと呼ばれ、卵肉兼用の和鶏名古屋種となったという。
肉質は赤みを帯びてやわらかく歯応えがあり、脂がのっている。その上、たまごも美味しいので、優良種として知られている。
元藩士が自活のために努力して、成果を収めた、「士族の商法」が成功した特例とされているという。
鶏すき焼きの思い出
名古屋コーチンを作り出した愛知県は、鶏料理で有名な地。鶏すきは、「かしわ鍋」「かしわのひきずり」などと呼ばれるという。引き摺るように、さっと焼くという洒落であるとか。また「鶏めし」は、「親子飯」ともいわれ、鶏スープで味付けする。名古屋の駅弁にはこの鶏めし系の弁当が多いのが嬉しい。
もう10数年は前になるが、よく名古屋へ仕事で訪れていた頃、帰りがけに名古屋駅で鶏めし駅弁を買い、新幹線の中でカップ酒と食べるのが楽しみであった。
思い出深いのが、名古屋の納谷橋の鶏料理店「宮鍵」で鶏のすき焼きに舌鼓を打った夜のこと。大好きな時代小説家・池波正太郎が愛した店で、名著『散歩のとき何か食べたくなって』を読んで訪れたのだが、店の風情ある佇まいにも大いに感動し、満腹のお腹をさすりながら街をそぞろ歩いたのも懐かしい。
よし! 名古屋へ行こう
名古屋コーチンの極旨たまごが呼び覚ました、名古屋の鶏料理や駅弁の思い出が、口中にヨダレを溢れさせ、名古屋へと私をいざなう。
猟期が終わる(兵庫県は3月15日)と、もう春の訪れ。その頃には、必ず、絶対に、名古屋へ行こう。それまで名古屋コーチン、待ってておくれ!
歳時記×食文化研究所
代表 北野智子
文庫版サイズ(厚さ1.6×横10.5×縦14.8cm)
464頁
定価:本体2,000円+税
発行:株式会社IDP出版
ISBN978-4-905130-46-8
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