【歴メシを愉しむ(122)】ヌカるな罠の仕掛人―猟師日記

カテゴリー:食情報 投稿日:2022.02.06

狩猟期に入ってから、日々せっせと猟師をしている。銃猟だけではなく、罠猟にも精を出している。

銃猟は時間が取れたら週末に行くのだが、罠を掛ける猟師には毎日の見回りが義務付けられており、毎朝7時頃に出掛けている。

見回りには車で行くが、その車中たるや、一般の人に覗かれたらきっと、「この人はいったい何をしている人なのか?」と思われるに違いない。

4WD車の後部シートを倒し、罠本体にバネ類、ワイヤー長いの短いの、ネジ大中小、スコップ大小、ペンチほか工具類、剪定バサミやミニのこぎり(土中の木の根をカットするため)、スパイクブーツ、土汚れ用ハイキングシューズ、ワーク手袋に軍手、大きな布袋やブルーシートほか罠猟の道具一式がゴチャゴチャどっさりと積み込まれている。中でもデンと一番場所を取っているのが「米ヌカ」だ。

 

猪と米ヌカ

この米ヌカは、猪の大好物。猟師それぞれに自分の手法があると思うが、私の師匠から伝授してもらった、猪罠猟には欠かせないものである。

罠を仕掛けるために山へ入ったら、猪の「通い」(「けもの道」)を見つけなければならない。猪の足跡、掘り返し跡(土中のミミズなどを食べるために鼻で土を掘る習性がある)、泥の跡(体に付いたダニなどを取るために、「ヌタ場」と呼ばれる泥溜まりの中でカラダをこすりつける習性があり、猪が通った道の木や笹などに泥跡が付く)などを入念にチェックして回るのだ。そして、それは新しい痕跡でなければならない。こうしてようやく場所を定める。が、まだ罠は掛けない。まずは間違いなく猪が通っているかどうかを確かめるために、罠を掛けようとしている場所の周辺に米ヌカをドッパリと撒くのである。

そして3~4日ほど様子を見て、イケルとなると、罠を仕掛ける。自分の匂いが移らないように迅速に、前足に掛かるように確実に…とは師匠の教えで、言うのは簡単だが、難しい。猪は憎らしいほど賢く、恐ろしいほど鼻が利く。罠を始める際、師匠から言われたのが、「罠は、掛ける時も、見回る時もスッピンで」。これは猪に化粧の匂いを嗅ぎ取られるからであるらしい。

 

米ヌカ所で悩む日々

というわけで、毎日の見回りでは米ヌカ袋を担いで、あっちの罠周りにドバ~ッ、こっちの罠周りにドバ~ッと撒いている。無論、掛けている罠の数が多いほど、米ヌカはすぐに無くなる。軽の4WDの後部スペースは狭く、先述の罠道具類に加え、10Kg用米袋に入れた米ヌカは4袋も積めば、いっぱいいっぱいである。

ゆえに、1週間に1~2回は精米所の横に設置されている、「ヌカは自由にお取りください」と看板が下がっている米ヌカ室に通い、米ヌカを補充させてもらっている。

腰をかがめてギュウギュウと袋に詰めている私に、顔見知りになった精米所の管理人さんや米ヌカ取りの順番待ちの人に、「そんなにたくさんどないしはるん?」と訊かれもしないのに、「大根のヌカ漬けを作るんで…」などと、笑顔で話しかけてしまう。

猟師であることを隠すつもりはないが、猪のエサにしているというのはちょっと気が引けるからだ。

頻度高く行くので、同じ人に何度か会うと、「カブラ漬けに」「白菜漬けに」と、冬野菜のアイテムを変え、ネタ切れになると、「鯖のへしこ」「鰯のへしこに」と、魚類に変えたりしていると、「すごいですね。ヌカ漬け名人ですね。今度教えてほしいわあ」などと言われだし、後ろめたさが募る。

これが江戸時代であれば、「私、脚気を患っていまして…」などという言い訳も通用したのかもしれない。元禄時代(1688~1704年)にもなると、庶民も朝、昼、夕と白米ご飯を食べはじめ、これに因るビタミンB1欠乏症の脚気が急増し、「江戸患い」とまでいわれた。こうしたことから米ヌカに含まれるビタミンB1を摂るため、米ヌカを漬け床にしたヌカ味噌漬けが役に立ったのだ。

今度また顔見知りに会ったら、何のヌカ漬けを始めたと言うか…猟師とは全く関係ない事で、頭を悩ませる。

歳時記×食文化研究所

北野 智子

 

 

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この記事を書いた人

編集部
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