今年は敬愛する時代小説家・池波正太郎の生誕100年という記念すべき年。巷では氏の家や記念館、愛した浅草の町や飲食店などを巡るツアーが盛況だという。
思い起こせば20年以上前の数年間、熱病にかかったかのごとく、何十回と読み返した氏の食エッセイや、氏が通った店の特集本数冊をバッグに詰め込み、日本津々浦々の飲食店を訪ねる感激の旅をしたものだ。
みずみずしい白瓜とコク旨バターの出合い
生誕100年を迎えた現在、私が凝っているのは、氏が子供時代から好きだった一風変わったおやつや、虫養いの一品の再現である。
ここで書きたいのは、池波ファンにはよく知られている「どんどん焼き」でも、「ポテトフライ」でもなく(いずれも試作済みで、とても美味しいメニューだった)、「白瓜のサンドイッチ」。(『味と映画の歳時記』/新潮文庫より)
ごく薄く切って塩で揉んだ白瓜の水気を切って、たっぷりバターを塗った食パンにのせるだけ。これは至極簡単に調理できる。試しに作ってみたが、みずみずしい白瓜の爽やかな淡味にバターの旨みがとてもよく合うし、瓜のシャキシャキと食パンのしっとり・もっくりとした食感が楽しめる一品だった。サンドイッチではなく、オープンサンドで作ったのだが、あっという間にパクパクッと3つ食べてしまった。
カッパ巻きと同じグループにしていた英国のサンドイッチ
満ち足りたお腹をさすりながら思い出したのが、英国のアフタヌーン・ティーの定番、「キューカンバー・サンドイッチ」。
これは、寿司屋における「カッパ巻き(=キュウリ巻き)」同様に、私が決して頼まない、食材はキュウリとバターのみの超シンプルなサンドイッチである。
生まれつき食い意地が張っている私は、寿司屋でカッパ巻きをシメに頼む人を、粋だなぁ、大人だなぁとは思うが、一方で、「キュウリだけの巻きって、損した気分にならないんかな?」「鉄キュウか、穴キュウか、いかキュウにした方が絶対に美味しいのに…」などと、大変に子供的で、大きなお世話的なことを考えてしまうのだ。
キューカンバー・サンドイッチも然り。「キュウリだけのサンドイッチなんて…」「せっかく作るなら、ハムや玉子も入れた方が絶対に美味しいのに」と思っていた。が、この度、池波正太郎作「白瓜のサンドイッチ」を食べてみて、その考えを改めることになった。
思えば、白瓜もキュウリ(胡瓜)もウリ科である。ゆえに、両者が持つみずみずしさ、爽やかで青く、淡い香味に添えた塩、そこへコックリとしたバターのコクが抜群に合う。
お見それしました キューカンバー・サンドイッチ
そもそもアフタヌーン・ティーは、19世紀に英国で始められた習慣で、貴族の女性の社交として、たちまち広まったそう。当時の上流階級の朝食と夕食の間の時間が長く、その間の空腹を埋める意味合いもあって、生まれたのがティー・サンドイッチだという。薄いパン、シンプルな具材、小さなサイズ…どれをとっても上品なサンドイッチは、いかにも上流階級の女性にふさわしい。
中でも「キューカンバー・サンドイッチ」は、ティー・サンドイッチで最も象徴的な一品。なんと、ティー・サンドイッチが誕生した19世紀中頃は、キュウリは高級食材だったとか。う~む、「お見それしました、キューカンバー・サンドイッチ!」という思いである。
と、このように、池波正太郎作「白瓜のサンドイッチ」を食べたがゆえに、長い間 一顧だにしなかった英国伝統の「キューカンバー・サンドイッチ」を見直すことができた。
やはり、正太郎・生誕100年の夏であったからこそである。
歳時記×食文化研究所
代表 北野智子