
今年の夏の土用期間は7月19日~8月6日。夏の土用は猛暑のため体力が落ちるので、昔から養生食として、土用シジミ、土用餅、土用鰻などを食べる風習がある。
そういえば、普段なかなかシジミを食べることが無いので、この機会にぜひ食べてみようと思う。
ちょっと目立たない存在のシジミ
日本には古くから、黒い食べものを食べると精が付くといわれ、「黒い食べもの信仰」とも呼ばれていたそうだ。特に、酷暑のため食欲減退で身体が弱る夏土用には、「黒いものを食べると夏負けしない」という謂われがあり、これは夏を無事に過ごすための先人の知恵である。
夏の土用の代表的な黒い食べもののうち、丑の日に鰻を食べるのは誰もが知るところであり、土用餅も夏土用の甘味として浸透してきている。今一つ、積極的に食べられていないのはシジミではないだろうか。
夏負け予防以外にも頼もしい味方
「土用シジミは腹薬」といわれ、シジミの味噌汁は夏の体力回復に良いと伝えられてきた。夏負けに効くだけでなく、その薬効は古くから、『本草綱目』(1590年/天正18)や『本朝食鑑』(1695年/元禄8)にも記されてきた。特に黄疸(肝臓病)に良いとされ、またアルコール分解能力や解毒作用が高いので、「二日酔いにシジミ汁」は、左党の常識であろう。
日本列島 シジミの飛び地を食べ歩き
シジミの美味しさが楽しめるのは、シジミの味噌汁だけではない。気付けば、東は青森から西は島根まで、私が飛び飛びに味わった忘れられないシジミの美味メニューがある。
まずは、瀬田の「しじみ飯」がある。かつて紫式部にゆかりのある滋賀県瀬田の石山寺を訪ねた帰り、その近くで「しじみ飯」と揺れるのぼりに魅かれて入った店で、頬が落ちそうになるほど美味な「しじみ飯」を食べた。お膳に出てきた塗りのお櫃に入っていたが、お櫃を3回おかわりするほどの旨さだった。
昔から「瀬田シジミ」といわれ、べっ甲色で質は最高級と定評がある。江戸期に藩主・戸田左門が繁殖させたもので、「左門シジミ」とも呼ばれたそう。
お次は20年以上も前に仕事で青森へ行った帰りの空港で出合った「しじみラーメン」。滑走路を眺めながら食べるカウンタースタイルの店で、洋風メニュー中心だったが、その中に、「名物 しじみラーメン」とあった。「何でもかんでもラーメンに仕立てたらいいというもんじゃないよね」…などと、あまり期待せずに注文したが、ひと口食べたら、カウンターから転がり落ちそうなほど美味であった。シジミのエキスがジュワッ~と出た出汁は上品な塩味で、麺との相性も抜群であった。昔から津軽の十三湖で獲れるしじみの美味しさは有名で、「しじみラーメン」は古くから十三湖近辺で作られていた歴史があり、自分の無知を大いに恥じた次第であった。
ラストは、島根県出雲の宍道湖のシジミである。かつて父母を連れて行った旅の宿で朝ごはんに供されたシジミ汁とシジミの時雨煮。前夜に父と杯を重ねた地酒の酔いがほぐされる思いのほっこりする美味しさだった。宍道湖は魚介類が豊富で、「宍道湖七珍」と呼ばれる、あまさぎ(わかさぎ)、鰻、鯉、シジミ、白魚、すずき、海老の七つの珍味が獲れる。
ちなみにこの旅、出雲に着くなり早速食べた割子そば屋で親子会議をし、父と私は、松江城~船でお濠巡り~小泉八雲生家~城下の古い漆器屋、和菓子屋を訪ねる歴史&食探索へ、画家である母は、島根県立美術館へ一人旅を装いつつ颯爽と行ったものの、帰りは迷子になるという珍道中であった。
思えば、飛び地ごとのシジミは、心温まる思い出と涙と共にある。この土用は、そんなことに思いを馳せながら、しみじみシジミを味わいたい。
歳時記×食文化研究所
代表 北野智子