【歴メシを愉しむ(133)】彼岸花と桜えび

カテゴリー:食情報 投稿日:2022.10.29

一気に寒さが増し、秋本番となってきた。ほんの少し前まで罠の見廻りを終えると、ひと汗かいていたのに、今では早朝の山林に入ると寒くてゾクッとしてしまう。

深まる秋は食欲の秋。「秋渇き(あきがわき)」という言葉があり、過ごしやすい気候になって、食欲や情欲が高まるという意味。情欲はさておき、確かに食欲は増し増してきた。

 

彼岸花とゾクゾクの遭遇

その証拠に、先日も稲の収穫が終わった田んぼの畦に咲く、真っ赤な彼岸花を近くで眺めていると、なにやら素干し桜えびの塊に見えてきた。

秋に野の土手や田んぼの畦道などで、真っ赤な花を咲かせる彼岸花は、咲き始める頃が秋彼岸と重なることから、「彼岸花」の名がついたという。別名「曼殊沙華(まんじゅしゃげ)」ともいわれ、サンスクリット語(梵語)で、「天に咲く赤い花」を意味するのだとか。

これは、めでたいことが起こる兆しに赤い花が天から降ってくるという、仏教の経典に由来するらしい。秋の陽がさす場所に、彼岸花が唐突に咲く。葉は伴わず、真っすぐに伸びた茎に花がのっているように見える。

この彼岸花、墓地などにも多く咲き、どことなく不吉な気配があるからか、「死人花(しびとばな)」「地獄花」「幽霊花」などの怖い異名がある。思わず、「わかる、わかる」とうなずけるのは、猟師の私が毎朝の猪の罠見回りで、初めてこの花に出合った時のこと。

人気の無い早朝の静まり返った山林の中、昨日までは何も無かった場所に、突然、そこここに真っ赤な彼岸花がひっそりと、しかし やけにスックと、オドロオドロしく咲いている。うっそうと茂る木々や背の高い草々の中、彼岸花が咲いている場所だけ、まるでスポットライトのように空から細く陽が射している。思わず背中がゾクゾクしたところに、森の奥からガサガサッという音が聞こえた途端、「ぎゃ~っ!」とヌカ袋(猪の餌用)を放り出し、逃げてしまった。

その一方で、田んぼの畦など日当たりの良い、開けた場所に咲いている彼岸花を見ると、桜えびの塊に見えて、食欲を刺激されるとは、自分の食い意地とのギャップに呆れてしまう。(笑)

しかし、怖い異名があるにもかかわらず、一筋の茎に真紅の花を咲かせることから、花言葉は、「あなた一途に」というから、なにか微笑ましい。

 

桜えびの素干したっぷりの一銭洋食

というわけで、桜えびの素干しが無性に食べたくなった私、彼岸花を見た日からちょくちょくと粉モンの一品、一銭洋食を作っている。

もちろんお好み焼きに入れてもよいのだが、豚が主役の豚玉、イカが主役のイカ玉などとは違って、桜えびの素干しをメインにするなら、レトロな風情に、ややチープ感漂う、メリケン粉(小麦粉)の生地が薄い粉モンの方が似合う気がするからだ。

一銭洋食は、現在でも専門店や居酒屋のメニューに載っていたりするが、元々はメリケン粉を食べるのがご馳走だった頃、子どもの小遣いの一銭で買える洋食として、大正から昭和初期にかけて流行した。

海産物を商っていた私の実家では、桜エビの素干しを販売していた。父が中央卸売市場で仕入れてくる桜エビの素干しは、大きなパッキンにキロ単位でドカンと入っており、それを量り売りにしていた。母が焼いてくれた一銭洋食は、たっぷりの桜エビの素干しに、キャベツ、ネギ、こんにゃく、卵など具だくさんでとても美味しく、おチビの私はフウフウしながら、2~3枚はペロリと食べていた。

ああ、懐かし…と、一銭洋食を頬張りながら、今まではなんとなく怖い花だと思っていた彼岸花が 大好きになってしまったから、ゲンキンなものである。

歳時記×食文化研究所

北野 智子

 

発酵手帳2023年版、ついに発売!

『発酵手帳 2023』10月4日発売

文庫版サイズ(厚さ1.6×横10.5×縦14.8cm)

464頁

定価:本体2,000円+税

発行:株式会社IDP出版

ISBN978-4-905130-41-3

 

◎入手方法

全国の書店やインターネットサイトなどで販売しています。

 

  •                    

\  この記事をSNSでシェアしよう!  /

この記事が気に入ったら
「いいね!」しよう!
小泉武夫 食マガジンの最新情報を毎日お届け

この記事を書いた人

編集部
「丸ごと小泉武夫 食 マガジン」は「食」に特化した情報サイトです。 発酵食を中心とした情報を発信していきます。

あわせて読みたい