【歴メシを愉しむ(165)】師匠の紫たまねぎ

カテゴリー:食情報 投稿日:2025.07.05

朝起きてコーヒーを飲みながら、ベランダの景色を睨みつつ、あ~ぁ、今日も蒸し暑そう…と、憂鬱になる。しかし、愛用の水筒にアイスコーヒーを注ぎ、小腹が減った時用のラスクなどをリュックに放り込み、猟師ウェアに着替えた途端、やる気に溢れた、シュッとした人に替わっている自分がいる。

 

猟師でファーマーの師匠

1年365日 ほぼ毎朝、有害鳥獣捕獲の猟師として、罠見回りに出かけている。大雨の梅雨時や酷暑、厳冬の時季は辛いが、心底辛いと思っていないのは、猪や鹿に田畑や作物を荒らされて困っている人々のために、役立ちたいという想いがある。このようにいうと、とてもイイ人のようだが、朝の山野に満ち溢れている空気や風、草木が放つ青い香り、鳥のさえずりなどに私自身がとても癒されているのだ。

 加えて、猟の師匠との毎朝の会話が愉快なのである。

我が師匠は御年82歳、穏やかにして温和な大ベテラン。罠猟・銃猟共に、惜しみなく様々な技を教えていただいている。そして、師匠のもう一つの顔はファーマーであり、そちらの話もまた面白い。職業としての農家ではなく、自邸の広い庭を畑地にして、作物を育てられている。それが、趣味の家庭菜園のレベルではなく、ファーマーの域なのだ。

 

まるで私が育てているがごとく

豊富な経験と緻密な予測、技を持つ師匠は、野菜作りにおいてもその手数や思考を発揮。種や苗の植え付け、栽培、収穫に至る詳細を聞いていると、まるで私が育てているように思えてくる。日々の罠猟で師匠と私は、猪が歩く数カ所の通いから、ココという道を決め込む時や猪が掛かった場合、罠周辺の木々にワイヤーがどのように巻き付いたら猪の動きを最少に抑えられるかなどの想定話をよくするので、畑でああして、こうして…という師匠の話を聞くと、実際に見ていなくとも、脳裏にその過程や動きがビジュアルとなって見える癖がついているからだろう。

そして話の最後には必ず、「収穫を楽しみにしています!」と、言うのを忘れないチャッカリ弟子の私である。

 

師匠の紫たまねぎ

じゃが芋、さつま芋、玉ねぎ、キュウリ、トマト、なす、ゴーヤ、オクラ、レモンなどなど、一年の間に師匠からいただく作物は多種類で、嬉しい限り。中でも私が一番の楽しみにしているのが、紫玉ねぎである。

つい先日、待ちに待った紫玉ねぎをどっさりといただいた。その朝、ニッタ~と笑っている師匠の顔を見た瞬間、やっぱり! あった、あった、車の助手席には大きな紙袋に見事な紫たまねぎがごろんごろん。師匠の育てた鮮やかな赤紫色に輝く紫玉ねぎは、みずみずしく、シャキシャキの歯ごたえで、とても甘い。毎日食べているが、まったく飽きない美味しさなのだ。

西洋野菜として南蛮から渡来した玉ねぎは、1579年(天正7)、ポルトガル船によって長崎にもたらされたとか。本格的な栽培は1871年(明治4)、アメリカから導入した玉ねぎを北海道で試作したことに始まるという。紫玉ねぎは1961年(昭和36)に神奈川県で育成されたとされている。

 

美味ならば名前はもういい

ファーマー師匠は庭師でもある。見事な枝ぶりの梅や紅白の桃の花、ひまわりに、芳しい香りのバジル、ローズマリー、スペアミント、ローレルなどのハーブも、年中いただいている。

私が何度教えてもハーブの名前を覚えない師匠は、毎度、「ほれ、アレなんやったかいな、ギザギザできっつい匂いのヤツ、ようけ育ってきとんねん、要るか?」。これはローズマリーのこと。「いつもあんたがチーズとトマトと食べたら美味しいですねんって言うてた、ほれ、何とも言えん匂いの葉っぱ、えらい出てきたで、要るか?」。うんうん、これはバジルで、「チーズと食べたら…」というくだりは、こちらも何度言ってもお忘れになる、バジルとモッツァレラチーズとトマトで作るイタリア料理の前菜「カプレーゼ」のことだ。

と、このように日々 愉快な師匠のトークがさく裂するのだから、罠見回りは楽しい。

歳時記×食文化研究所

代表 北野智子

 

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この記事を書いた人

編集部
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