暦の上では立冬を過ぎたが、時節は深まる秋、「山粧う(やまよそおう)」の頃。
紅葉した秋の山を指すこの言葉、いかにも自然を愛する日本人の心が詰まっているようだ。
「山人(やまびと)」は、「山に住む人」や「木こりや炭焼きなど山で働く人」をいう。「木こり」のことを、「杣人(そまびと)」ともいい、美しい響きの言葉だと思う。
幼い頃から本の虫の私は、昔話や民話の冒頭によく出てくる、「おじいさんは山へ柴刈に…」というお決まりのフレーズが大好きであった。また、愛読していた絵本『オズの魔法使い』に出てくる木こりが好きで、木こりという職業に憧れていた頃もあった。思えば、「山」という言葉に魅かれ続けてきた私が、数年前から猟師となったのも、何か因縁を感じてしまう。
初めて出合った秋の山幸
猟師は山人に含まれるであろうが、「山猟(やまさつ)」という呼び方もあるようだ。これは、「山で狩猟をする男」や「山の猟男(さつお)」という意味だという。昔は猟師=男だったのであろうが、では、女の私はさしずめ「山の猟女(さつめ)」であろう。
食べものでも、その名前に「山」が付くと、さらに美味しさを増すように思う。
山ぶき、山紫蘇、山ごぼう、山ぶどう、山芋、山柿、山栗…。そこには自然の力強さと野生、静謐さなどが凝縮しており、山の恵みが詰まっているようだ。
猟師をしていると、山の恵みに出合うことが多い。このあいだ、初めて山に自生する「あけび」を食べた。紫色の濃淡のグラデーションが美しい楕円形のモノが、高い木の蔓からプラ~ンとぶら下がっている。「これは何ぞや?」とよく見れば、図鑑でしか見たことが無かったあけびであった。
秋に実が熟すと果皮が、自然に縦に裂けるところから「開け実=あけび」の名が付いたといわれている。「木通」「通草」とも書き、異名を「山女(やまひめ)」というとか。うむ、やはり あけびにも「山」が付いている。
開いた皮の中には、見かけがカイコの繭のようで一瞬引いてしまうが、半透明の白く柔らかい果肉があり、多数の黒い種子があるものの、上品なほの甘さが何ともいえず美味で、いかにも秋に粧う山の幸らしい味わいだ。
背丈が届かない位置にぶら下がっているため、木の枝で蔓(つる)を手繰り寄せ、人生初の味わいを夢中で食べた。
なんと、その昔 あけびは山海の珍味に数えられ、猟師などが山で甘いものを補給する重要な食べものだったというのだから、まさに罠の見回りを終えて食べるにふさわしい山の恵みではないか。あけびの甘みで喉を潤した後、一丁前の猟師になったような気分で、山を後にしたのである。
歳時記×食文化研究所
北野 智子
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