昔、醤油は魚、野菜、肉、穀物で作っていました。かつて、中国大陸には、野菜、豆、魚、肉の4種類の原料から造られた醤油が存在していました。わが国では「大宝律令」(701年)に、醤を造る役所の記載がみられます。930年代に書かれた辞書『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』によると、「醬」とは、和名で比之保(ひしお)であり、「唐醬」ともよばれ、また、豆でつくった醢(かい)であると説明されています。また、「醢」を調べてみると、和名は、「比之保」とよばれ、肉醬や魚醬はすべて、「醢」あるいは「比之保」と呼ばれていたようです。ところで、「醢」は 肉類の塩漬けを指しています。つまり、日本では当時から肉や魚で醤油を造っていたことがうかがえます。豆で造った比之保が、現在の「醤油」で、「醢」は肉醬油や魚醬油ということになります。
いまもある「醢」を見てみましょう。魚で造った醤油は、タイの「ナンプラー」、フィリピンの「パティス」、ベトナムの「ヌクナム」など。国内では、石川県の「いしる」や秋田県の「しょっつる(塩魚汁)」があります。うま味が強い反面、香りも強く、好き嫌いが分かれる嗜好性に富んだ調味料になります。
これらの魚醤は造り方が独特です。大量の塩と共に生の魚肉を漬け込み長期間熟成させるのです。大量の塩によって微生物の生育や発酵ができないため、魚の中の酵素によって自己消化が起きて液状になります。そのため魚の持つ酵素で魚臭の原因物質が生じ、生臭くなったり、アミンが生じて臭いが出て、強い臭気を持つのです。
また、海外生産の一部では、衛生環境が悪いところで造られていることがあり、摂取し過ぎると蕁麻疹の原因になるヒスタミンが多いものも存在します。
ところが、近年、北海道の大手水産メーカー「佐藤水産」と、発酵学者の小泉武夫先生が開発した鮭の醤油は、魚臭の原因になる酵素やアミンの生成、ヒスタミンをつくる酵素などを加熱処理で止め、その代り麹菌の強いタンパク質分解酵素と酵母、乳酸菌によって発酵させることで、風味良い魚醤を開発することに成功。原料に魚のハラワタを使うことでうま味は、醤油以上で香りは醤油の香気並です。環境にもやさしい、おいしい醤油をぜひ試してみたいものです。
金内誠(宮城大学教授)