【歴メシを愉しむ(113)】「レイコーの季節やね!」

カテゴリー:食情報 投稿日:2021.07.14

このところ高齢の母親の病院付き添いや介護のため、何かと実家に行き、滞在することが増えた。実家と自分の家がそう離れていない(大阪市と兵庫県西宮市)こともあり、今までは実家に行っても余程のことが無い限り、何日間も泊まるということをしたことがなかった。両親と旅に行ったり、食事のためにキタ(梅田界隈)やミナミ(心斎橋~難波界隈)で待ち合わせたりと、常に外で会うことの方が多かった。今さらながら、実家に滞在することに、懐かしさはもちろん、むしろ新鮮さと面白味を覚えている。

 

「出たぁ~!」思わず振り向く私

海産物を商っていた私の実家は、大阪市内の下町にあり、かつてはアーケードのある商店街と2つの市場、スーパー、個人商店などで大層賑わっていたのだが、今やその面影はない。市場の跡地はスーパーとなり、商店街にずらりと並んでいた個人商店も少なくなり、今ではその主たる店は激変している。

昔ながらに頑張っている店もあるが、純喫茶店、菓子屋、果物屋、惣菜屋、酒屋、本屋、呉服屋、婦人雑貨店などはなくなり、小スペースを巧みに活かしたバーや立ち飲み屋、クレープ屋、チェーンのたこ焼き&お好み焼き屋、高級食パン屋、ケーキ屋、全国展開の和菓子屋、美容室、なぜかバレエ教室などになっている。

そんな町並みを懐かしく見ながら、「ここって以前は何屋さんだったかなぁ?」とか、「この中華料理店でよく春巻を食べたなぁ」とか思いつつ、買い物がてらにそぞろ歩きをするのがなんとも楽しく、そしてちょっと哀しい。

と、その時ふいに背後で、「後でレイコー飲みに行くわ!」という陽気な声が聞こえた。「出たぁ~!」と思って振り返ったのはいうまでもない。見れば、御年80歳前後の笑顔の男性が、商店街の脇道に古くからある喫茶店の老マスターに声掛けをされたものだった。マスク越しでくぐもった声であっても、恐らく40代以上の大阪人なら、「レイコー」の言葉は聞き間違えようがない。

 

懐かしい「レイコー」の注文を

すっかり嬉しくなった私、町歩きの足取りまで軽くなった。何が嬉しいのかというと、絶滅したと思っていたこの言葉、まだ実家近くの商店街で生きていたことに感動したのだった。

「レイコー」は、大阪言葉の例として必ず登場する言葉で、少し前まで大阪では、アイスコーヒーのことをこう呼んでいた。

昔から大阪人には、大阪弁で「いらち」という、落ち着きがなく、せっかちな人が多い。「いらち」ゆえに言葉を省略することを好む大阪人は、喫茶店のメニューに書かれた「冷コーヒー」を縮めて、「レイコー」というようになった。他の地方から来た人は、何のことかさっぱりわからなかったという。私の亡き父も必ず「レイコー」で、彼の口から「アイスコーヒー」という言葉が発せられたことはなかった。

元々大阪人はコーヒーが大好きで、ビジネス街だけでなく、町の商店街にも何かしら喫茶店はあり、商店主が毎日通ってコーヒーを楽しむ風景は日常で、普通であった。

そして私もだが、多くの大阪人の好むコーヒーは濃いのである。

それゆえ今では全国に普及した「アメリカン(アメリカンコーヒー)」を生み出したのは大阪人。「アメリカン」は、女性用に考え出された軽めのコーヒーなのである。

かつてこの時節の挨拶代わりだった「レイコーの季節やね!」は、今やもう通じないことに一抹の寂しさを感じるが、今度喫茶店で、勇気を出して、そっと「レイコー」と、オーダーしてみよう。

歳時記×食文化研究所

北野 智子

 

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編集部
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