今年の五月はよく雨が降る。予報によると、梅雨入りは例年よりも記録的に早いのだそうで、このぐずついた天候は、梅雨に先立つぐずついた「走り梅雨」なのだろう。
「梅雨」には、「五月雨(さみだれ)」「青梅雨(新緑に降りそそぐ雨)」「麦雨(ばくう)」ほか様々に呼ばれるように、日本には多くの「雨」の名前があり、私は季節ごとの雨の名前が好きである。
日本人の感性ならではの美しい雨の名前
四季があり、その季節ごとに自然の変化が大きい日本には、空、雨、風、雲など天気や気象を表す様々な呼び名がある。「季の言葉」ともいえるこれらの名前は、昔から自然を敬い、愛おしんで生活をしてきた日本人ならではのものだろう。
今の時節、梅雨前に降る雨の名前に、「卯の花腐し(うのはなくたし)」というものがある。これは旧暦四月(新暦五月)の半ばから下旬にかけて降り続く長雨が卯の花を腐らせることをいう。「卯の花」とは、五月から六月にかけて咲く、真っ白の小さな釣鐘形の花で、「空木(うつぎ)の花」のこと。落葉低木の空木は幹の中がうつろ、つまり空洞になっているところから、この名前が付いたといわれている。
また、旧暦四月が「卯月(うづき)」や「卯の花月」と呼ばれるのは、卯の花が盛りに開く頃だから名付けられたという。
思えば、「春雨」「桜雨」「花の雨」「菜種梅雨」「木芽雨(このめあめ)」など、春の雨には風流な名前が多かったが、「卯の花腐し」のように、「腐る」という漢字を使い、さらに、「雨」という字が入らずに、雨を表す言葉は珍しいのではないかと思う。
「卯の花」は、あの白い食材のこと
「卯の花」といえば、「♪~卯の花の匂う垣根に ほととぎす早も来鳴きて しのび音もらす 夏は来ぬ~」の唱歌『夏は来ぬ』(作詞:佐佐木信綱/作曲:小山作之助)を思い出す人は多いだろう。目を閉じてこの歌を聴くと、初夏の情景が浮かんでくる…が、食いしん坊の私、もう一つ浮かんでくるものがある。そう、「卯の花」と呼ばれる「おから」である。
ご存知のように「おから」は、豆腐を作る時に豆乳を搾った後の「から(殻)」のことで、「御(お)」が付けられて「おから」となり、女房詞であるとか。「卯の花」と呼ばれるのは、その形状が卯の花に似ていることから付いた風雅な別名である。
豆腐が中国から日本に伝えられた時期は奈良・平安時代とも、鎌倉・室町時代ともいわれている。当初、豆腐は寺の精進料理に取り入れられ、貴族や武家にも伝わり、室町時代には広まっていったとされているので、おそらくこの時代には卯の花は食されていたと思われる。さらに江戸時代になると庶民も豆腐を食べるようになり、卯の花を使った料理は料理書にも登場してくるようになる。
1746(延享3)年刊の『黒白精味集』には、「雪花菜汁(きらずじる)」という、おからを入れた味噌汁が載っており、おからは切らずに用いられることから「きらず」というとされている。
家ごもりの今こそ たっぷり食べたい
私が一番好きなおから料理は、おからと野菜やこんにゃく、薄揚げなどを甘辛く炒め煮にした定番の「卯の花」(「卯の花炒り」「卯の花煮」とも)。シンプルで素朴な一品ゆえに、味付けやほろほろ具合い、柔らかさなどに各人のうるさい好みがあり、なかなかに奥深いものだ。
常連になっている料理屋、居酒屋のカウンターに並ぶ大皿に卯の花があったら、必ず小鉢の注文をして、そのおかわりもしてしまうし、家でも、大鉢にたっぷりと作る。
「卯の花」も、昔ながらの地味目な惣菜が辿っていくように、近い将来は消えていくのかという危機感を持っていたが、今は安堵している。というのも、「おから」は、ここ数年の低糖質ダイエットや現在の禍による巣ごもり生活の健康によい食材として、注目され、人気が出ているのである。
卯の花腐しの時節の家ごもり、腐らずに卯の花を食べて元気に過ごそう。
歳時記×食文化研究所
北野 智子
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