【歴メシを愉しむ(77)】残暑バテ回復の串カツ屋で

カテゴリー:食情報 投稿日:2020.09.13

例の禍(わざわい)がもたらした社会変化の中でも、“串カツ屋における異変”のニュースは、大阪人にとって また地の食文化を愛する者として由々しき事態と、一人怒っていた。先日 残暑バテ回復のスタミナ補給にかこつけ、久しぶりにお気に入りの串カツ屋へ調査に行ってきた。

 

大阪で生まれた、串カツという料理スタイル

串カツの発祥の地は大阪・天王寺にある通天閣でお馴染みの新世界で、大正末期から昭和初期に生まれたといわれている。以来、「早い、旨い、安い」が揃った、大阪庶民の味を代表する料理として、長く愛され続けている。

串カツ誕生には、大阪ではトンカツが流行らなかったから串にして揚げたという説や、普通のカツのように大きな肉を使うと高くなるので、小さい切れ端の肉を使えば安く売れるからという説などもある。しかし、昔から大阪では、肉のカツといえば牛肉を使った「ビフカツ(ビーフカツレツの大阪名)」のことで、串カツ屋で、単に「串カツ」と注文すれば、それは牛肉の串カツのことである。ゆえに、流行らないトンカツを串にして揚げたという説は、大阪人としては頷けない。

串カツ屋の看板メニューは当然この「串カツ」だが、牛肉以外にも豚、鶏、魚介、野菜類はもちろん、大阪人が大好きな紅しょうがのほかシュウマイ、ちくわ、ウインナー、玉子焼き、こんにゃく、果てはパイナップルにいたるまで、とても書ききれない数十種類の素材がある。「カツにして美味しいもんは何でも使(つこ)うて、串に刺して揚げてるんやから、ぜぇ~んぶ串カツと呼んでもええやんか!」ということである。

串カツの老舗や名店などでは、これら様々な素材の中でも看板メニューの串カツが、牛肉であるにもかかわらず一番安いのだ。これが大阪の串カツ屋の矜持なのだろう。

ところで大阪から東京へ進出した串カツは、「串揚げ」と呼ばれ、大阪より高級化した店が多い。どうやら東京の人は、どうみてもカツではないものを、カツと呼ぶことに抵抗があったのだろうと思われる。

 

串カツは世界に例がない料理

世界各地に獣や鳥肉の串焼きはあれども、串に刺した肉にパン粉をつけて揚げるという料理は、世界に全く例がなく、日本のみに存在するという。あえて例えるならば、ミートフォンデュに似ているとされている。

歴史上、日本の揚げ物の種類は多く、(1)中国から伝わった禅宗料理の「精進揚げ」、(2)南蛮料理の影響から生まれた「天ぷら」、(3)明治期に創作された和風洋食の「トンカツ・コロッケ」類、そして、(4)大阪庶民の味「串カツ」に分けられるという。

 

姿を消した「二度づけお断り」の貼り紙

大阪および関西の人なら、このフレーズを見ただけで、「ああ、あれね!」とおわかりと思うが、これは大阪の串カツ屋における掟で、ソースの使い方のことである。

串カツ屋には、丼鉢や缶容器(バット)にたっぷり入ったソースがカウンターに置いてあり、ここへ揚げたての串カツをつけてから頬張る。このソースは見知らぬ客同士で共用するので衛生のため、一度口にしたカツはソース容器に入れない「二度づけお断り」がルールとなっている。

キャベツ無料も特徴で、カウンターにはざく切りのキャベツがてんこ盛りに置かれ、客は串の合間に勝手につまみ、なくなったらおかわりもできる。二口目の串カツにソースをかけたい時は、このキャベツでソースをすくってカツにかけるのが常連の通の技である。

この共用ソースは、見知らぬ間柄の客同士が、ソースをつけるタイミングを譲り合うのをきっかけに会話が始まるなどの役割も持っていた。そんな大阪の食文化である伝統の食べ方を、いまいましい禍が変えさせたのだ。

多くの店で、感染の防止や不安払拭のためソース共用はなくなり、代わりに小ぶりのプラスチックボトル容器に入ったソースが置かれた。このプラボトルから串カツにソースをかけるのだ。風情のカケラも無いな…とぼやきながらかけたソースの味が全く変わっていたので驚いた。店の人に訊くと、前と同じオリジナルソースだという。いろんな串カツを直につけることで、ソースの味に深みとコクが出ていたのだった。「お客さんが作ってくれはる味やったんよ。」―なんとも切なくてつらい話ではないか。

熱々の串をソースにドブンとつけてハフハフ頬張るという一連の流れが、あんなにも串カツを美味しく楽しくしてくれていたのだ。「二度づけお断り」の紙が、再び店内に貼られる日を心から願うばかりである。

歳時記×食文化研究所

北野智子

 

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編集部
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