【歴メシを愉しむ(81)】雁渡る秋~「雁もどき」と「ひろうす」

カテゴリー:食情報 投稿日:2020.10.11

この頃の透明な蒼い空を見上げるのは、本当に心地よい。そういえば旧暦七十二候では「鴻雁来(こうがんきたる)」(10月8日~12日)、雁が北から飛来する頃を迎えている。

10月初め頃に日本に飛来し、翌春に飛び立ってしまう雁は、「かり」とも「がん」とも呼ばれる秋の到来を告げる渡り鳥。その年初めて訪れる雁を「初雁(はつかり)」といい、俳句の季語にもなっている。残念ながら今では飛来する数が減り、北海道や東北以外ではほとんど見られないという。

 

雁(がん)に見立てた料理として誕生した「雁もどき」

この「雁」という鳥の名を耳にすると、パブロフの犬のごとく、おでんの人気具材・「雁もどき」を思い出すのは、私だけではあるまい。

そもそも「雁もどき」という面白い名前の、「もどき」とは何か?これは、「もどき料理」のことで、別の素材を使って、いかにもそれらしく見せた、見立ての料理のことで、その多くは生臭物ご法度の精進料理から誕生したもの。

例えば、「鰻もどき」は、摺りおろした山芋を鰻の形に成形し、黒い皮に見立てた海苔を貼りつけて甘辛いタレを付けて炙ったもの。香魚(鮎のこと)の形に似せて切った豆腐に小麦粉をつけ油で揚げて蓼酢をかけた「香魚もどき」というのもある。この「雁もどき」も豆腐を使った「もどき料理」の一つで、雁肉のつくねに見立てているといわれている。

 

関東では「雁もどき」、関西では「ひろうす」

この「雁もどき」という名前は関東(全国でも)での呼び名であり、関西では「ひろうす」(飛龍頭<ひりょうず>が転訛)と呼ばれている。ちなみに大阪人である私は一度も「雁もどき」と呼んだことはない。幕末の江戸・京坂の風物を記した『守貞漫稿』に、「京坂にて ひりやうす、 江戸にて がんもどきと云う」とある。このように呼び名は違えども、おでんの具にするのは東西共通だ。

ご存知の通り、「雁もどき」も「ひろうす」も、くずした豆腐に人参、ごぼう、麻の実、椎茸、銀杏などを入れ、楕円形にして油で揚げたもので、双方ともに主材料は豆腐を使ったものだが、昔は現在と似ても似つかぬ食べものであった。

 

「雁もどき」の元祖は「ひろうす」で、その昔はお菓子だった

歴史を紐解くと、「ひろうす」の方が古くからあったようである。「ひろうす」が出てくる最も古い文献『合類日用料理抄』(1689<元禄2>年)には、驚いたことに、今の「ひろうす」から想像もできない菓子状の「ひりやうす」が載っていた。

日本に伝来した当時は、米粉を湯で練り、卵を加えて糊状にしたものを油で揚げて砂糖蜜をかけたお菓子だったらしい。前述の「飛龍頭」という名だが、ポルトガル語を漢字にあてはめたものといわれているが、お菓子の形が龍の頭に似ているからという説もあるのだ。甘い「ひろうす」…怖いもの見たさで是非食べてみたいと思う。

その7年後の1696(元禄9)年刊行の『茶湯献立指南』には、豆腐を主材料としたものに変わっている。このように江戸時代の料理書には、現在の「ひろうす」と、菓子状の「ひろうす」の両方が紹介されている。

一方、「雁もどき」が記された一番古い文献は、『小倉山飲食集』(1701<元禄14>年)のようで、ここでは、摺身に山芋や麻の実を入れて混ぜ合わせ、つみ入れなどにして油で揚げたものとあり、こちらは豆腐ではなく魚の摺身が使われているのだ。この後およそ70年後の『料理秘伝記』(1773年頃成立)になると、ほぼ現在の「雁もどき」に近いものが記されている。  

 

秋の夜長、おでんの「ひろうす」で熱燗を

お菓子状だった「ひりやうす(ひろうす)」と、魚の摺身を雁肉料理に見立てた「雁もどき」が、いつ頃、どのようにして同一化したのかは定かではないが、江戸のある時期に双方は同じものになり、現在に至る。秋の夜長、グツグツふっくら煮たおでんの「ひろうす」を、熱燗と味わいながら、その謎を想像するのも楽しいものだ。

歳時記×食文化研究所

北野 智子

 

  •                    

\  この記事をSNSでシェアしよう!  /

この記事が気に入ったら
「いいね!」しよう!
小泉武夫 食マガジンの最新情報を毎日お届け

この記事を書いた人

編集部
「丸ごと小泉武夫 食 マガジン」は「食」に特化した情報サイトです。 発酵食を中心とした情報を発信していきます。

あわせて読みたい