「毒消し」の食べもの
「毒消しに食べときや。(毒消しに食べておきなさいね)」――幼い頃から刺身や握り寿司を食べる時、必ず母からこの言葉が発せられる。その“毒消し”とは、刺身の場合は山葵や紫蘇、寿司の場合はガリ(新生姜の酢漬け)である。
梅雨のジメジメとした日が続き、身体や胃腸の調子も崩しがちになり、食欲も減退気味になってしまう。この時季を乗り切るために、古来 先人たちは、「毒消し」として、山葵、紫蘇、生姜、青山椒、梅、茗荷など、古くから日本に自生または渡来した爽やかな香味や辛味、酸味を持つ薬味を重宝してきた。
生ものにあたらないようにと山葵や紫蘇、生姜、茗荷を刺身や握り寿司などに添えて、また食欲増進にと梅干や山椒を食してきた。
これら「毒消しフード」は、解毒、殺菌、防腐、食欲増進、消化促進、整腸などの頼もしい味方。よくできたことに、こうした食材は梅雨の時季を含む初夏から夏に旬を迎えるものが多い。ただし山葵は畑山葵のみで、水山葵には旬がなく、生姜は新生姜の方で、梅については、毒消しのパワーを発揮するのは梅干となってからだが、青梅はまさに梅雨時に出てくる。
土用丑の鰻と山椒
7月27日は「土用の丑の日」。鰻に欠かせないものといえば山椒で、この2種のハーモニーはこれ以上ないというほどに美味だが、これも理にかなっている。土用の丑の頃は酷暑のために胃腸が弱っているので、脂っこい鰻を食べる時、消化を促進してくれるのが山椒というわけだ。しかし、山椒は食欲も増進させてくれるので、いくらでも鰻を食べたくなってしまうから困りものである。
「毒消し、毒消し」と、必ず2回言う大阪人
大阪人に限らないかもしれないし、大阪人であっても、ある年代以降は言わないかもしれないが、「毒消し」という言葉については、これまで書いてきた意味とは、ちょっと異なる使途もある。それは、不味いものや、自分の嗜好に合わないものを食べた直後に、「毒消し、毒消し」と言いながら、口中の味を変えたり、洗い流してくれるものを食べる時に使う。こういう場合、大阪人は少しおどけたトーンで、そしてなぜか2回言うのだ。その理由は、「そや、そや(そうだ)」「ちゃう、ちゃう(違うよ)」、「あかん、あかん(だめだ)」などのように、大阪言葉は表現のくりかえしが多いのが特徴だからだろう。
大阪人の私は、幼い頃からこの言葉を身近に聞いてきたので、「毒消し、毒消し」の後には、必ず美味しいもんが出てくるという、毒消しパブロフ犬的なところがある。
歳時記×食文化研究所
北野智子