清少納言も参詣した初午(はつうま)詣
2月最初の午の日は「初午」(今年は2月9日)。この日は京都・伏見稲荷大社の稲荷大神が稲荷山の三ケ峰に鎮座された日(711年<和銅4>2月の初午の日)とされ、初午大祭が行われる。私も毎年、初午の日に伏見稲荷へ参詣に出かけるのを楽しみにしている。
初午詣は福詣ともいわれ、京の都の初春第一の祭事である。古くは清少納言が、初午に早朝から伏見稲荷へ参詣したことを『枕草子』に記しており、『今昔物語』にも初午詣のことが記されていて、初午の日に稲荷神社に詣でることは平安時代から盛んな行事だった。
私たち関西人が幼い頃から「お稲荷さん」と親しみを込めて呼ぶこの神さまは、商売繁盛の神として知られているが、元々は「稲生り」=「稲荷」の農耕神で、五穀豊穣の神さまである。ゆえに初午は、春の農事の前に豊作を祈る早春のお祭りとしても知られている。
お守り好きに嬉しい、お稲荷さんの護符とお守り
稲荷大神が降臨した稲荷山の杉の木は神木とされ、紙垂(しで)を付けた杉の小枝を「しるしの杉」として、初午の日に参拝人へ授与される習わしとなっている。商売繁昌・家内安全の御符である「しるしの杉」には、福々しく愛嬌のあるお多福さんも付いており、お守り好きなら魅かれること請け合いである。
お守り愛好家の私、お稲荷さんのお守りの収集の種類もまぁ、豊富ではある。稲荷神の使いとされている狐がモチーフになっているものもいろいろとあり、それぞれ愛嬌とセンスがあって愛おしい。
しるしの杉の他に毎年いただいてくるのが、旅のお守り。いつも一緒に旅に行く海外の友人の分も購入しておき、贈りものにするととても喜ばれる。
京都に数ある社寺の中でも伏見稲荷大社が、外国からの観光客にひときわ人気が高いのは、稲荷山の上へと続く、荘厳な千本鳥居の存在であろう。社殿と同じく、「稲荷塗」といわれている朱色に塗られた鳥居がいくつも連なる幻想的な道をひたすらくぐって歩いていると、古の人々の深い信仰の心がそこここに宿っているのを感じ、厳粛な気持ちになるのである。
一番のお楽しみは稲荷ずしと雀焼き
さて参詣後、しるしの杉と旅のお守りを購入したら、先程までの厳粛な心持ちはどこへやら、一目散で突入するのが、参道にある名店「祢ざめ家」。実は伏見稲荷駅に到着した時から、この店の席を確保できるかどうかが心配で(予約不可の為)、参詣中も気が気ではないのだ。ゆえに初午詣は、かなり早い時刻からスタートすることにしている。
お目当ては、名物の「稲荷ずし」。稲荷神の使い・狐の好物が油揚げということから、昔から初午の行事食として、稲荷ずしを食べる習わしとなっている。
祢ざめ家の歴史は古く、創業は1540年といわれており、祢ざめ家の「祢」は、豊臣秀吉から正室「祢祢」の「祢」を賜ったものと伝えられている。伏見城を築城した秀吉が開いたとされる京と伏見を結ぶ伏見街道に面したこの店に、秀吉も立ち寄ったのかと思うと、歴女の私としてはゾクゾクと嬉しくなってしまうのだ。
この店の稲荷ずしには黒胡麻と口中でプチンと弾けて芳香が漂う麻の実が入っており、甘過ぎない甘さに煮た油揚げとの相性も抜群である。
もう一つ外せないのが、昔から伏見稲荷名物の雀の串焼きだ。小ぶりながらも程良い歯応えと香ばしさ、独特の旨みがあり、伏見のお酒のアテに最高の一品である。
この地で雀焼きが名物になった理由は、お稲荷さんは五穀豊穣の神さまなので、五穀を食べる雀を退治する、神さまへのお供えものにするなど諸説あるようだ。
しかし近年は雀の入手が難しくなったとのことで、なかなかお目にかかれなくなったのは残念なことである。
祢ざめ家の帰りに必ず買うのが、狐面のおせんべい。京阪電車・伏見稲荷駅の踏切り手前にあるその店は、狐面を彫った焼き型で一枚ずつ手焼きをしていて、参詣のお土産にも重宝する。
さて、今年も無事に(?)稲荷ずしと雀焼き(あればだが)で満たされたお腹とほろ酔い気分を抱えて向かうは、京都。大好きな名居酒屋・赤垣屋か、レトロな雰囲気が堪らない京極スタンドで飲み直しとなるのが、初午詣のお決まりのお楽しみコースである。
歳時記×食文化研究所
北野智子