お盆に帰省するか否かで、日本中が悩んでいる。まさか、こんな年が来ようとは、誰ひとり考えていなかっただろう。
祖先の霊を迎え、もてなした後に送るお盆行事は、家族や親戚と共に飲食をしながら語り合い、また故郷の友人たちとも旧交を温め合う、なごやかなひと時に心癒やされる機会でもある。私の実家は大阪なので帰省問題はほぼ無いが、当事者の方々はさぞやお困りだろう。それにしてもこの忌々しい禍は、どこまで人と人の絆を分断したら気が済むのだと腹立たしい。
お盆の習わしだった鯖
盂蘭盆会(うらぼんえ)という仏教行事であるお盆は、現在では、亡くなった祖先の供養をし、その時期も8月15日を中心にした月遅れ盆が主流となっている。
かつては7月15日を中心に行われており、古い信仰では、御魂には死者のものと生者のものがあるとされ、親の長寿を祝う「生御魂(いきみたま)」という習俗があった。「生御魂」とは、生きている両親へ魚などの食物を贈って祝いもてなす行事や、贈り物そのもののことで、この行事は「生き盆」とも呼ばれていたとか。この魚には刺鯖(さしさば)が使われた。背開きにした塩漬けの鯖を天日干しにして、2尾を重ねて一刺しにしたもので、良い保存食でもあった。
神仏への供物に生臭ものは避けられるのに、なぜ鯖だけはOKだったのだろう?その理由は、「さば」が「散飯(さば/神仏に供える飯のこと)」に通じるからであるとされている。
江戸時代には、7月15日に両親の長寿を祝う式をしたそうで、この時には蓮の葉に包んだ刺鯖を膳にのせる風習があり、また『和漢三才図会』(1713<正徳3>年)には、「中元の日の祝い用にする。」とある。これらのことから、現在の中元のルーツは刺鯖だったと考えられているようだ。
「盆魚」の鯖でお家焼き鯖そうめん
「盆魚」あるいは「盆肴」と呼ばれた刺鯖は、薄く切って、たで酢、生姜酢、花がつおなどをふりかけた酒肴として珍重され、「むしり物」(むしって食べる)の第一ともいわれたそうだ。
昔からこの時季の鯖は身が締まって味がよいとされ、特に若狭(福井県)の小浜では、「夏鯖」と呼ばれて珍重されていた。かつて若狭から京都まで鯖を運んだ鯖街道の起点でもあったこの地では、大漁で運びきれない獲れたての夏鯖を茅の茎に刺して海辺で焼き、浜焼き鯖として食べられてきたそうな。鯖街道途中の朽木宿では、この浜焼き鯖を使った「焼き鯖そうめん」が生まれた。
香ばしい焼き鯖の旨みと甘辛い出汁が染みたそうめんが絡み合い、いくらでも食べられる夏場に嬉しい味わいである。
現在の禍の下、奈良時代に疫病に苦しむ民衆の救済を祈願して生まれたという伝承から、ブームの予兆があるとされているそうめんと、片や親の長寿を祝って贈られてきた鯖―どちらも今夏のお盆にぴったりの食材ではないか!
早速、このお盆は、いやお盆期間以外にも、「お家で焼き鯖そうめん」といこう。
「焼き鯖そうめん」の作り方
(1)鍋に昆布出汁カップ5、酒・砂糖・みりん各大さじ2、醤油大さじ5~6を入れて煮立たせところへ、5cm幅に切り分けた焼き鯖(一尾)を入れ、弱火で20分程煮たら大皿に取り出し、左頭で並べておく。
(2)硬めに茹でたそうめん(2〜3束)を流水にさらしてザルにあげ、1の出汁を煮立たせたところへ入れ、さっと煮る。
(3)2を鯖の横に盛り付け、煮汁を回しかけてどうぞ。
歳時記×食文化研究所
北野智子