【歴メシを愉しむ(95)】ぬくぬく茶椀蒸し

カテゴリー:食情報 投稿日:2021.01.30

大寒(1月20日)は過ぎたものの寒い日々が続いている。こうなると週に何度か登場するのがぬくぬくの茶椀蒸し。本日は、蒸し物の王様と崇めている茶椀蒸しのお話である。

 

茶椀蒸しが現れたのは江戸時代

日本料理を代表する料理の一つとされる茶碗蒸しは、江戸時代の1700年代には誕生していたという。様々な料理書に登場するが、書物や具材、調理の違いにより、「茶碗玉子」「茶碗焼」「貝焼」などの名前でも呼ばれていたようである。現在のような茶碗蒸しは、1764(明和元年)刊『料理珍味集』にある「長崎パスデイラ」に近いという説があり、南蛮料理の流れを汲んでいるようだ。その作り方は、茶碗の内側に油を塗り、さらに葛を塗り、好みの薬味、玉子を入れ、やや固めの茶椀蒸しを作り、茶碗を割って中身を取り出すというもので、何も茶椀を割る必要はないのではないかと、笑ってしまう。

 

大阪ならではの、うどん入り茶椀蒸し

大阪人のうどん好きは有名だが、うどんすき発祥の地でもあるこの大阪に、昔から「小田巻蒸し」と呼ばれる、うどん入りの茶椀蒸しがある。何故に大阪で生まれた茶蒸しが、小田巻蒸しという名前なのか?この料理は「苧環(おだまき)蒸し」と書く。

「苧環」とは、紡いだ麻糸を丸く輪に巻いたもので、うどんの形状が苧環に似ていることから付いた呼び名で、「小田巻」の字は料理名としての当て字のようだ。

大阪でうどんが一般に普及したのは、江戸中期頃。商都・大坂には、全国から良い材料が集積されたが、うどん材料の小麦、塩、出汁を取る昆布なども届き、それらを使って始まったのが大阪うどんだという。大阪うどんの特徴は、麺の太さと柔らかさにあるとされ、これは出汁に馴染むように作られたとか。そう、大阪のうどんは、きつねうどんに代表されるように、出汁と麺と具材の三位一体といわれ、その味でこそが美味い所以である。

そんな大阪で「小田巻蒸し」が誕生したのは、大阪の商人街の中心地だった船場だといわれている。何代にもわたり暖簾を守り続けてきた商家ならではのしきたりによる「ハレの日」の料理として、食べられてきた。こうして「小田巻蒸し」は大坂で広まり、江戸にも伝わって、幕末の安政年間(1854~59)頃の品書きに見られるという。

私も幼い頃には母が作ってくれる「小田巻蒸し」をよく食べていた。ハレの日にということではなく、風邪を引いた時などが多かったように思う。これは大ぶりの丼鉢に、蒲鉾や梅焼き、穴子、鰆や鯛、かしわ、椎茸、三つ葉など、茶碗蒸しとほぼ同じ具材に、たっぷりの茹でうどんを投入し、玉子だし汁をはって蒸したもの。ハフハフしながら食べると、胃と身体がホコホコに温まり、風邪なんぞどこへやらで、おかわりまでしていた。

かつては、「うどん屋の茶碗蒸し」とも呼ばれた「小田巻蒸し」を出す大阪のうどん屋は少なくなったが、まあ、茶碗蒸しに茹でうどんを入れるだけなので、家でもすぐに楽しむことができるのがいい。

歳時記×食文化研究所

北野 智子

 

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この記事を書いた人

編集部
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