【歴メシを愉しむ(15)】
7月7日 七夕の節句酒とは?

カテゴリー:食情報 投稿日:2019.07.07

さまざまな風習と伝説が習合した欲張り七夕

7月7日(日)は五節句の一つで、星まつりとも呼ばれる七夕。「しちせき」とも読み、「七月七日の夕方」という意味。

一年に一度この日だけ、牽牛星と織女星が逢うロマンティックな伝承で知られているが、この節句の背景にはさまざまな習わしや伝説が複雑に絡み合っている。

古代中国から伝わった牽牛と織女の星祭り伝説と、技芸が巧みになることを乞う(=願う)乞巧奠(きっこうでん)の行事に、日本古来の畑作物の収穫祭、盆迎えの禊(みそぎ)の行事、棚機女(たなばたつめ/水辺に建てた棚で、巫女が神のための衣を機で織って神迎えをした)祭事などが習合するという複雑な融合が、七夕の謂われとされている。

江戸時代には、七夕は五節句の一つとして幕府の公式行事になり、一般にも広まって、七夕祭りが盛んになり、家々の屋根の上に笹竹が立てられ、江戸中の空を覆うばかりだったそうな。

 

行事食は「七夕そうめん」

不思議なことに、複雑で欲張りな由来を持つ割には、七夕特有のご馳走は他の行事に比べると特色に乏しく、行事食はいたってシンプルに「そうめん」である。

古代中国では、七夕に索餅(さくべい/小麦粉や米粉を練って縄状にした菓子で、日本には奈良時代に伝えられた唐菓子の一つ)を供える伝承があった。索餅は疫病を流行らせる鬼神の好物とされ、七夕の日にこれを供えると病気を免れるといわれたとか。この索餅がそうめんの元祖とされていることから、七夕そうめんの風習が生まれたという。

ほかにも そうめんが行事食の理由には、七夕には麦の収穫祭という意味もあったことや、そうめんを天の川や織姫の織り糸に見立てているという美しい説もある。

 

節句のお酒がない七夕

節句につきもののお酒が見当たらないのも七夕の行事食の印象を薄くさせている。

上巳の節句の「桃酒(白酒)」、端午の節句の「菖蒲酒」、重陽の節句の「菊酒」など、七草粥を食べる人日の節句(1月7日)は別としても、それ以外の三節句はすべてゆかりの酒があるのに、七夕にはない。七夕の笹竹にちなんで、「笹酒」などがあってもよさそうなものだが…不思議だ。

現代ではこの時季、冷酒やビールほかなんでもござれだが、昔の人は七夕の節句に何を飲んでいたのだろうか?

思うに、高温多湿の夏季の七夕は、食材が不足したり、保存も効きにくい時期でもあり、日本酒も夏場は醸造・保存が不適当だったためではあるまいか。

古典落語『青菜』にも登場する、江戸時代に暑気払いとして飲まれていた柳蔭だろうか? あるいは、夏バテ対策の栄養飲料として飲まれていた甘酒か? もしかしたら七夕には、これらの甘いお酒を飲んでいたのかもしれない。

そうめんと柳蔭? はたまたそうめんと甘酒?…どちらも好物ではあるが、ちょっと…などと思ってはいけない。この日は、牽牛星と織女星が天の川を渡って1年に1回の逢瀬を果たすというロマンティックな行事なのだ。飲食について、うんぬんかんぬんするのはヤボというものであろう。

 

と言いつつ、七夕の夜には、旬の鱧ちりを主役に、笹にちなんで笹蒲鉾、輪切りにすると星形になるオクラなどをたっぷりのせた冷やそうめんと、冷酒をいそいそと膳に並べている自分が見えるのである。

歳時記×食文化研究所

北野智子

 

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この記事を書いた人

編集部
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