【歴メシを愉しむ(30)】
忘れられていくおせち食材へのオマージュ

カテゴリー:食情報 投稿日:2019.12.29

師走の13日は「事始め」といわれ、昔からお正月の準備を始める日とされていた。

この日に山に入り、「松迎え」といって、門松に使う松の木や、雑煮などの煮炊きに使う薪など、お正月に用いる木を山へ採りに行く習慣があった。松は常緑であることから、生命や繁栄の象徴として神聖なものとされ、年神さまを家に招き入れるための依り代(よりしろ/神さまが宿るもの)として、大切なものだった。

 

棒だらの由緒あれこれ

そうはいっても慌ただしい12月、事始めも過ぎてしまって、クリスマスも終了という時に、「これだけは!」と仕込み始めるのが、棒だらである。

現代の30代以下の人たちは、「チーたら」は知っていても、「棒だら」とは何のことかわからないのではあるまいか。棒だらとは、真鱈を天日干しにしたもので、棒のごとくカチンコチンに固いため、そう呼ばれてる。

棒だらといえば江戸時代、北前船にのって北海道から運ばれて、魚類が乏しかった京の都で重宝され、海老芋と出合って、有名な京料理「いもぼう」となった。関西以外の人がこの料理の名前を聞いても、「はて、芋を棒に刺した料理か?」と思うかもしれない。「いも」は「海老いも」で、「ぼう」は「棒だら」のことであり、京都丸山にある平野家の初代が、江戸の中期(元禄~享保)、清蓮院に仕えていた頃に考案した、海老いもと棒だらを一緒に煮た京都の名物である。

一方、『たべもの語源辞典』(清水桂一編/東京堂出版)の「ぼうだら」の項には、棒だらの解説の後に、「また、役に立たない者、でくのぼう、ぼんくら、まぬけの意味に、文政・天保の頃、流行語として【ぼうだら】が用いられた。」とあり、これには笑ってしまう。現在ではあまり聞かないが、大阪では、「あほ」と同意語に「あほんだら」があるので、なんとなくわかるような気がする。

 

師走は自称“棒だら職人”に

私は幼い頃から、お酒好きだった父の影響で、この棒だら煮に目がない。お正月だけでなく、年中食べてもいいぐらい好きな一品だ。毎年この時季になると、自称“棒だら職人”と化し、乾燥した棒だらを水に浸け、毎日水を取りかえること約1週間、戻し過ぎない抜群の状態に戻し、半日近くコトコトじっくり甘辛く炊き上げるのである。

そもそも私は棒だらを筆頭に、乾燥にしんや数の子、新巻鮭、昆布など、かつて北前船で運ばれてきた食材が大好きだ。江戸時代、ほとんど外国に等しかった厳しい北の大地で、がむしゃらに頑張る海産物問屋の一代記などを本で読み、時代劇でも観た影響もあると思うが、あの時代に、北前船という航路を拓き、危険を顧みずに航海に出て、最果ての地の美味を本土へ届けたいという、そんなロマンに感動するからだろう。

 

おせちの縁起は「たらふく」

お腹いっぱい食べる魚ということから、「たらふく」と呼ばれるたらにあやかり、「食べものに困らないように」との願いを込めて、おせち料理の一品としていただく棒だら煮。

我が家では棒だら煮を大量に作るので、おせちにも詰めるが、別に大鉢にもどっさりと盛り込む。熱燗の杯を重ねつつ、心ゆくまで食すのが、お正月の大きな楽しみである。

 百貨店などで販売される料亭や割烹、料理店のおせち重には棒だら煮が詰められてはいるものの、洋風おせちを好む若い世代には興味がわかない食材になっており、今後の存続が危ぶまれる。棒だら好き職人としては、いつまでも“シブい茶色の伝統の味”として、重箱にデンと収まっていてほしいと願うばかりである。

歳時記×食文化研究所

北野智子

 

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この記事を書いた人

編集部
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