秋の訪れで気温が下がるのは嬉しいが、それに反比例して食欲が上がり続けているのは困ったことだ。今のうちに何らかの対策を講じておかねば、毎朝体重計の上が恐怖になる日々が来るのは目に見えている。
「一汁一食」は日常の食事の基本
こんな時に威力を発揮してくれるのが、数年前から採り入れている「一汁一菜」という素敵な食スタイルである。
日本料理の基本的な献立は、飯、汁、菜、香(こう/漬物)の四点で、菜には煮物と焼き物、向付(むこうづけ/膳の向こう側に置く刺身や酢の物など)からなり、これに汁がついて、「一汁三菜」となる。香の物は菜には加えない。もてなしの場合は、「一汁三菜」以上を原則としている。
これに対して、「一汁一菜」は、ごはん、味噌汁、菜(漬物など)を原点とする食事のことで、古くから日本にある考え方の「ハレ(=祭や宴など)」と「ケ(日常)」の、「ケ」の食事の基本とされてきた。
日々の食事を「一汁一菜」に―これを提唱されたのは尊敬する料理研究家の土居善晴氏(『一汁一菜でよいという提案』グラフィック社)。「一汁一菜」とは、「システム」であり、「思想」であり、「美学」であり、日本人としての「生き方」だと記されている。
この「一汁一菜」は、秋にこそ、その威力を発揮するのではないかと思う。それは新米の季節であること、味噌汁と相性の良い秋茄子やきのこ類、芋類、かぼちゃなど種類豊富な旬の秋野菜が充実していることからである。
考えるのが楽しい「一汁」の具材
最近の我が家の「一汁一菜」をご紹介しよう。まずは、おかずとしても楽しむ「一汁」の味噌汁作りである。
以前にも書いたが、猟師見習い中である私、先日 兵庫県の有害鳥獣捕獲員をしている猟師の友人から、罠で仕留めた猪をどっさりといただくことになり、ではせめて解体作業のお手伝いをと、いそいそと出かけて行った。夏猪の肉は、厚い脂肪こそないが、柔らかく、脂身が少ないことで肉そのものの旨みを堪能できて美味しい。
そこで、この猪肉の端肉を使って「一汁」を作ることにした。具材の秋野菜は里芋にきのこ、そして冷蔵庫にあるこんにゃくや豆腐などもドバドバ投入。具だくさんなので丼鉢サイズの塗器にドカンと盛り付けたら、山の猟師小屋で出てくるような味噌汁となったが、満足、満足。
今回はたまたま猪肉が手に入ったからで、別にこんな猟師風の「一汁」にせずとも、豚肉、鶏肉、魚介、玉子、豆腐、揚げ、海藻、納豆、麩などなど、味噌汁に合う素材なら何でもよくて、要するに冷蔵庫にあるものやストック乾物で工夫して大らかに仕上げるのが楽しいのだ。
「一菜」には幻の「大坂漬」を
次に「一菜」の漬物。秋茄子の糠漬や塩揉みの生姜醤油がけもいいが、そこは『歴メシを愉しむ』、歴史のある「大坂漬」を作った。というものの早い話が、薄く短冊に切った大根と細かく刻んだ大根の葉に、塩を少し振りかけ、よく揉んで、重石をして一晩置く「一夜漬」のことで、家庭で手軽に作られてきたもの。細かく切った昆布を入れるとさらに美味しい。一見どこにでもある即席漬のようだが、「大坂漬」の名は江戸時代の1822(文政5)年に刊行された『料理通』にも記されており、幕末の江戸と京坂の風物を記した『守貞漫稿』にも、「刻茎を江戸にて大坂漬と云う」と書かれており、「刻茎」とは、大根や蕪の葉の刻み漬のことだという。
おかわりはご法度で!
さて、出来上がった「一汁一菜」の3品は、塗の盆などに載せると気分である。ふっくら甘みのある新米ごはん、コクあり猟師風味噌汁、あっさり大坂漬が奏でるハーモニーは、おかわりの欲求に打ち勝つのが難儀なほどの美味であった。
日常的に続けるコツは、毎日実践しようとするのではなく、2~3日に1回、昼か夜いずれかの食事を「一汁一食」スタイルにするという、いい意味でユルイ意識を持つことだと思っている。
歳時記×食文化研究所
北野 智子