【歴メシを愉しむ(6)】
野遊び~行楽弁当の始まり

カテゴリー:食情報 投稿日:2019.04.26

風光る春の訪れとなり、すでに大阪をはじめ、京都や兵庫の桜の名所でお花見をし、桜の花びらを浮かべた盃を楽しんできた。

このお花見、昔は「野遊び」という風情のある名で呼ばれていた。

 

「野遊び」や「磯遊び」はお花見や行楽の起源?

昔から、農作業や漁が繁忙期に入る前のこの時季、「野遊び」「磯遊び」と呼んで、お酒や料理を重箱などに詰め、野山や海辺で宴を開き、春の一日をゆったりと過ごす習わしがあった。

「野遊び」は、野山に出かけて、豊作を祈り、山の神を迎えて宴を開き、花を愛でたり、山菜摘みをした。「磯遊び」は、豊漁を願って海辺で宴をし、潮干狩りをして楽しんだそう。

この「野遊び」「磯遊び」が、現在のお花見や行楽の起源となったという。

 

日本ならではの弁当文化

花を愛でるのも、潮干狩りも楽しいが、行楽の一番の楽しみといえば、なによりお弁当である。

弁当の歴史は古く、平安時代の文学や辞書には、料理を持ち運ぶための器や破籠(わりご)の名がでてくる。

そもそも弁当とは、家を離れた時に食べる携行食で、古くは万葉の時代から利用されてきた。

万葉集は、悲運の有間皇子の歌に「家にあれば笥(け)に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る」とある。

家を離れる理由としては、日常的に海や山などへ仕事に行く時と、非日常的な行楽や旅、戦などである。

昔から営まれている屋外仕事の代表的なものには、農作業、木こり、炭焼き、猟師、漁師などで、古い文献にある図絵や、伝承本に載っている当時の弁当を見ると、職種によってそれぞれ、「野良弁当」「田植え弁当」「木こり弁当」「山弁当」「漁師の沖弁当」など、聞いただけで涎が出そうな名前があり、握り飯やおかずの様相も異なり、興味が尽きない。

弁当は保存性ということにも重きが置かれていた。飯の通気性をよくするため、竹の皮やいぐさで編んだ行李や苞が用いられ、おかずには腐敗を防ぐために、梅干をはじめ、漬物、味噌などが重宝された。

 

弁当の語源は「当座を弁ずる」

このような弁当の携行食スタイルと保存性は、武家社会になると、戦や行軍時などにさらに重宝された。「当座を弁ずる」という意味の「弁当」という言葉が登場するのが、安土桃山時代といわれているのも頷ける。

時代は下って、江戸時代になると、お花見は春の行楽として庶民に定着し、弁当は、行楽や旅など物見遊山や観劇の楽しみとして、特に江戸では一世を風靡するようになった。

この時代のお弁当の人気おかずは、色合いがよくて汁気の出ない「玉子焼き」「蒲鉾」「煮しめ」などだそう。ご飯ものには、傷みにくく、香ばしさもある炙りおにぎりが好まれたとか。

 

さて行楽シーズン真っ盛り、デパ地下やコンビニで買うお弁当ばかりでなく、たまには重箱に好物のおかずや肴をどっさり詰め込み、徳利や盃など酒器も提げて、風流に野遊びを楽しんでみたいものである。

歳時記×食文化研究所

北野 智子

 

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この記事を書いた人

編集部
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