食欲の秋にふさわしく、10月は「魚食普及月間」ということになっている。昭和60年から水産庁が、国民の健康増進などを目的に、魚離れが進む昨今、魚食の普及を図るために設定したもの。
秋は美味しい魚介があれこれ獲れる季節、我が家でも今月を「魚食 食べまくり月間」とし、日頃よりも頻度高く魚介を味わっている。
大阪の秋祭りの「わたりがに」
全国の漁師さんが自信を持って勧める、旬ごとに今この時季に食べてほしい地元の最も旨い魚を選んだものを「プライドフィッシュ」という。そのプロジェクトを運営する全国漁業協同組合連合会のサイトを見ると、私の地元・大阪の秋のプライドフィッシュは、「岸和田祭りのわたりがに(がざみ)」「大阪のまるあじ」「魚庭のさわら」である。この「魚庭」は「なにわ」と読み、「浪花」「浪速」「浪華」「難波」などと同様に、大阪市とその付近の古称で、昔から大阪湾は魚介類が豊富な海であったことから「魚(な)の庭」が転じたものとされている。
この中で特に私が声を大にしてお勧めしたいのが「わたりがに」。大阪では「がに」またはその形から「菱蟹(ひしがに)」とも呼ばれている、秋から冬が旬の大阪人が好きな蟹である。東京でも昔から「江戸前物」の一つとして人気だったようで、主に「がざみ」(標準和称)と呼ばれている。
古くからこの蟹は、有名な岸和田だんじり祭に欠かせないご馳走で、「がに祭り」という別名があるぐらいだ。茹で蟹にして、お客さんをもてなすところが多いとか。
今年は例の禍で、三百年以上の伝統があるだんじり曳行が中止となってしまったのは残念なことである。
大人になって知った超美味・「わたりがにのスパゲッティ」
大阪の実家は海産物を商っていたこともあり、幼い頃から「蟹喰いおトモ」の異名があったほど蟹好きの私、わたりがにの季節は楽しみであった。
朝、中央市場の仕入れから帰って来た父が、学校へ行く前の私に、「わたりがにを ようけ(たくさん)買う(こう)てきたから、一番エエのを晩飯用に取っときや!」と声を掛けるのである。私も慣れたもので、「はいよ!」と言うなり、ガサゴソとわたりがにのうごめく音がする大きな発泡スチロールのフタを開け、素手でわたりがにをむんずと掴み、まるで骨董屋の主人が品物を鑑定するがごとく、眉間にしわを寄せ真剣に一つ一つのわたりがに(売り物なのに…)の重さを持ち比べ、晩ごはん用に取り分けてから登校するのが、幼い頃の秋のほぼ毎朝の情景だった。
わたりがにはこれから冬にかけて身が引き締まり、雌はみそも卵も詰まってきて、さらに美味しくなる。かにの旨みが逃げないよう茹でるよりも蒸した方が断然美味しく、二杯酢をつけつつ、かじりつくのが一番!生姜酢、ポン酢もイケる。味噌汁や鍋物に入れるといい出汁が出て美味である。
自称「わたりがに通(つう)」の私の頭をガツンと殴ったのが、働くようになり、外でイタリアンを食べるようになって知った「わたりがにのトマトソース・スパゲッティ」。言葉を失うほど美味しく、かにとソースで手をベトベトにしつつ、唸りながら食べたものだ。以降、少なくとも週2でそのリストランテに通い詰めた。
そんな私を見ていつも笑っていたシェフからレシピを教わり、父が仕入れてきたわたりがにを使って、家でもこの一皿をガンガン作った。言うまでもなく、リストランテの2倍以上のわたりがにを盛りつけたトモ流スパゲッティは、本当に嬉しく美味しいものであった。
わたりがにも近年では水揚げも減り、すっかり高級食材となってしまったが、魚食普及月間にこそ、たっぷりと食べたいものである。
歳時記×食文化研究所
北野 智子