【歴メシを愉しむ(76)】癒しの菊酒「ひとり飲み」~重陽の節句

カテゴリー:食情報 投稿日:2020.09.09

今年起こった禍(わざわい)は、人々の仕事や生活のスタイルをガラリと変えた。

飲み会もその一つで、社員や友人同士、何人かのグループ単位で、自宅からネットで繋がって飲む、オンライン飲み会が話題になってきた。が、最近その様相も変化してきたようで、若い女性を中心に、家でのんびりと一人で飲む「ひとり飲み」を好む人が増えてきたという。

 

忘れられた「重陽(ちょうよう)の節句」を復活しては

オンライン飲み会は楽しいものの、何人かで会話しながら進行するので、話すタイミングが誰かとかぶったり、各人の飲むペースが違ったりと、何かと気を遣うことが多いのがちょっとわずらわしい。ひとり飲みであれば、ゆっくりと自分のペースでお酒を飲みつつ、好きな音楽を聴いたり、好みのアロマをたいたり、趣味を楽しみながら癒やされる時間が心地よいというわけだ。ふんふん、よくわかる!

そこでふと思ったのが、年間の五節句のラストであり、地味めで忘れられがちな九月九日の「重陽の節句」の復活。若い世代の中には七月七日の「七夕」以降は、節句は無いと思っている人も多いだろう。おそらくその理由は、節句に付きものの飲食物が地味であることだろう。しかし、本当は深くて風流な節句なのである。

「重陽の節句」は中国から伝わった風習で、古代中国では奇数を「陽」の数とし、その中で最大の数である「九」が二つ重なることから、「陽が重なる」=「重陽」とし、この日には、邪気を祓い、長寿を願って、菊の酒を飲んできた。

禍を祓(はら)って長寿を祈り、菊のアロマに包まれて飲む酒―とは、まさに今、癒やしを求めるひとり飲みにぴったりの風習ではないかと思う。

 

昔の人の風流な菊の宴と菊グッズ

日本では「重陽の節会(せちえ)」とも呼ばれ、685(天武14)年の宴が初見とか。奈良時代から平安初期にかけて朝廷が行う儀式として成立し、紫宸殿(ししんでん)で行われたという。飾った菊を愛でつつ、菊の歌を詠む「菊合わせ」を行ったり、邪気を祓い、長寿を願って、不老不死の妙薬とされる菊の花を酒に浸した「菊酒」を飲んだという。

さらに風流な慣習が、「菊の被綿(きせわた)」。前日の九月八日の夜に、庭の菊の花に綿を被せておき、夜露を染み込ませておく。翌九日の朝に、菊の香りを移した綿で身体をなでて長寿を祈ったという。いつか読んだ吉原の遊郭を描いた小説で、重陽の節句の日、花魁(おいらん)が惚れた主(ぬし)さんの身体を、菊の被綿で拭う美しく官能的な場面があり、感動したことがある。

風流な菊の習わしはまだある。節句の日に摘んだ菊の花びらを天日干しにして、詰め物にして作った枕を「菊枕」と呼ぶ。この枕で寝ると、好きな相手が夢に現れるとされ、女性から男性への贈りものとされてきた。また菊の香りが頭痛や目の病によいとされていたという。

それにしても、菊という花で、このような風習を考える昔の日本人は、本当に風流だったのだなあと今さらながら感心してしまう。

 

菊のアロマに癒やされるひとり飲み

別名「菊花節」や「菊花宴」ともいわれたこの節句は、江戸時代になると五節句の一つとして、幕府の式日(しきじつ)に加えられたこともあり、武家や一般の人々にも徐々に浸透していったという。

こんな風流な菊の宴をぜひ現代のひとり飲みの癒し時間に取り入れたいものだ。

最も多く食べられるのは黄菊で、よく知られている食用菊は「阿房宮(あぼうきゅう)」。

まずは黄菊を入手し、自分好みの菊酒を作ってみよう。日本酒に菊の花びらを浸して香りを移したり、氷砂糖と一緒に焼酎に漬け込んでおいたり。節句の日だけでなく、この秋楽しみたい風情あるお酒である。

歳時記×食文化研究所

北野智子

 

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編集部
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