【歴メシを愉しむ(59)】
美味しい毒消しライフが始まる6月

カテゴリー:食情報 投稿日:2020.06.14

そろりそろりと始まった新しい日常は、ただただ連日蒸し暑いの一言である。

百年に一度といわれる禍のせいで、すでに陽気な春が、うきうきのGWが、爽やかな5月が過ぎ去ってしまっていて、改めて奪われた月日を思わずにはいられないが、すでに時は6月。毒消しライフを始める時節の到来である。

 

毒消しライフの先陣を切るのは、「山葵」

今年の暦の上では、「入梅」は6月10日。梅の実が熟す頃、梅雨に入ることから こう呼ばれている。ジメジメ続きで身体の調子を崩しがちなこの時季は、昔から「毒消し」といわれてきた山葵や梅干、紫蘇、山椒、生姜などの食材が身体に良いとされてきた。

6月の毒消し食材の一番手は、「この紋所が目に入らぬか!」ともいうべき、「山」と「葵」と記す「山葵(わさび)」である。この字が当てられたのは、その葉が徳川家の紋所・葵の形に似ていることからとされている。

山葵は日本特産で古くから山間の渓流に自生し、それらを沢山葵・水山葵、畑で栽培するものを畑山葵・陸(おか)山葵という。文献上では『播磨国風土記』(713年頃/和銅6)に初めて「山薑」と出てくる。独特の香気と辛みを持ち、特に根茎には峻烈な辛みがある山葵は、古くから薬効性の高い薬味として珍重されてきた。平安時代の『和名抄』には、「食を補益す」とあるので、その風味を料理の味を引き立たせる香味料として利用していたようだ。

山葵が大活躍するのは江戸時代。刺身、寿司、蕎麦切り、鰻の蒲焼、お茶漬など、山葵を添えると旨さが何倍にも引き立つ食べものが次々に登場してきたからだ。また山葵ならではの目鼻にツン!と電気のように走る辛みが、江戸っ子好みでもあったという。江戸時代の風俗を記した『守貞謾稿』(1853年/嘉永6)にも、「握り寿司の中で、まぐろとこはだには山葵をよく用いた」とある。魚介の臭み消し、防腐・殺菌、食欲増進などによく、山葵が毒消し食材の代表格といわれる由縁である。江戸時代の安永年間(1772~81年)には伊豆天城の山中で栽培が始まったという。

 

言語道断なさび抜き寿司

山葵が最もよく合う、いや無ければ食べられないものは刺身だが、そのほかでは寿司、蕎麦などが代表的なものだろう。しかし近年、百貨店やスーパーで販売されている持ち帰りの握り寿司は、最初から山葵抜き(以降:さび抜き)になっているものが多く、山葵は小袋に入ったものが別添付されているのだ。このようなさび抜き寿司に初めて遭遇した時、寿司職人ともあろう人が山葵を塗り忘れるとはけしからん!と思っていた。子どもの頃から両親に連れられ、「寿司には山葵」と、ヒ~フ~その辛さに慣れ、その妙味を覚えつつあった私。時折 寿司屋で、子ども連れの親が店の大将に、「子ども用にはさび抜きで」と頼んでいるのを見て、「フフン、これやから今の子どもは困るわ~」などと、同年代の子どもに対して、優越感に浸ったことを覚えている。

それなのに何故、大人になった今、さび抜きの寿司なぞを食さねばならないのだ!と怒っていたが、その理由がわかってきた。ずい分前から、小さな子どもを連れて食べに行ける回転寿司店がブームとなり、そこでは最初から手間を省くために寿司はさび抜きとなっており、それがスーパーや百貨店の持ち帰り寿司にまで波及しているというのが大きな要因であるらしい。山葵アリ・ナシを2種類作るよりも、アリの人は自分で山葵を付けて召し上がれ、ということなのだ。言語道断ではあるが、それが、子ども優先かつ手間ひまを省いて…という今の日本のご時世なのだ。「寿司には山葵」の食文化が無くなってしまわないようと祈るばかりである。

 

山葵の大人使いで楽しもう

寿司以外にも大人の我々にはまだ、山葵を楽しめる料理がある。ちょっと上等な焼き蒲鉾にのせる板わさ、さっと茹でた鶏のささみに添えるとりわさ、ほかにも白焼きの穴子に鰻、上等な海苔、霜降り牛肉の鉄板焼、山葵茶漬などは、大人の山葵使いが光る一品である。

もう一つ、大人の味わいといえば山葵漬。山葵の根と茎、葉を刻んで塩漬け後に酒粕に漬けた静岡県の名物山葵料理であるが、私はこれが大好物で、そのままでも美味しいが、ちょっとした一品をご紹介。これからの毒消しライフにぜひお試しを。

 

●「山葵漬ヅケ焼」:豚ロース肉や鶏もも肉に山葵漬をペタペタ塗り付け1日ほど冷蔵庫で寝かせ、オーブンやオーブントースターで焼く。途中でホイルをかぶせるなど、焦げないように。

●「山葵漬チーズハムサンド」:山葵漬とマスカルポーネチーズを混ぜてトーストに塗り、ホワイトボンレスやロースハムを挟む。

歳時記×食文化研究所

北野智子

 

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この記事を書いた人

編集部
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