百年に一度といわれるパンデミックに見舞われた2020年。その災禍の影響は筆舌に尽くしがたいが、一方でこれを機に、かつて我々の先人たちが疫病とどのように対峙してきたかが、一つの絵から広く知られることとなった。それは疫病封じの「アマビエ」の図絵で、百数十年経とうとも、その教えは現代に通じるものがある。
ちょうど6月30日は「夏越の祓(なごしのはらえ)」。神社境内に設けられた茅の輪をくぐって身を清め、1月から6月までの半年間の穢れや災いを払い、残り半年間の無病息災を神さまに祈願する日だ。今年はアマビエの護符と食べもの縁起で、疫病退散を祈ろうと思う。
注目を集める異形の妖怪「アマビエ」
今春から話題になり、様々に紹介されている「アマビエ」は、長く延びた髪、鳥のようなくちばし、鱗に覆われた身体を持つ半人半魚の異形の姿。江戸時代の弘化3(1846)年、肥後国(熊本県)の海から現れたとされる。「疫病が流行ったら、我の姿を描いた絵を人々に見せよ。」と、その絵を写せば疫病の感染を逃れられるという言い伝えがあった。
パンデミック退散への期待を背負い、170年余りの時を超えて、厚生労働省のアイコンとして現代に蘇った。古代から疱瘡(ほうそう=天然痘)や麻疹(はしか)、コレラなどの怖ろしい疫病は繰り返し流行し、人々はアマビエ以外にも、女人の顔に龍身、剣の尾を持つ「神社姫」、人面に牛身の「件(くだん)」、3本足の猿のような「アマビコ」など、異形の妖怪を描いた護符に救いを求め、災厄を防ぐお守りとして大切にしていたという。
疫病退散!食べもの縁起にあやかろう
疱瘡(天然痘)が再び流行った江戸時代に、病気にかかった子どもへのお見舞いとして「疱瘡絵」が用いられたという。この錦絵は、「疱瘡見舞軽焼錦絵袋(ほうそうみまいかるやきにしきえぶくろ)」といったお菓子袋にも描かれたのだとか。この時代には、病気が「軽くすむように」という縁起を担ぎ、「軽焼せんべい」を贈る風習があったという。昔から健康長寿・吉事到来の願いをこめた食べものの縁起を大切にしてきた、日本人ならではの細やかな食文化が見て取れる。
そこで今年は、夏越の祓の行事菓子「水無月」(氷に見立てた三角形のういろう生地に、邪気を祓うとされる小豆の蜜煮をのせた菓子)をはじめ、疫病封じの縁起ものを食べることにしよう。それには旬を迎えた鱧で決まり。鱧は生命力が強い魚で、うだる暑さの夏場でも大阪から京都まで、生きたまま運ぶことができた唯一の魚だったという。この鱧の生命力にあやかり、旬の食材が持つ力強さを身体に摂りこむのだ。
「茅の輪」と「水無月」に見立てた鱧の練りもの
日本三大祭りの一つ、大阪の天神祭の行事食「鱧ちり」もいいが、鱧は 昔から大阪伝統の蒲鉾や練りものに欠かせない魚で、贅沢にたっぷりと使われる。中でも「あんぺい」と「魚そうめん」は、夏場だけの冷やし練りもので、その冷たい喉越しと甘みと旨みが、私の大好物である。京阪以外の人は、聞き慣れないかもしれない「あんぺい」は、丹念に練り上げた鱧のすり身を使ったツルツルの蒸し練りもの。面白い名前の由来は諸説あり、室町時代からある「はんぺん」の変形ではないかとも思われる。鱧入り魚そうめんと並ぶ京阪の夏の練りもの風物詩である。
毎年お参りする『曽根崎心中』ゆかりの曽根崎の露天神社(つゆのてんじんしゃ/通称「お初天神」)で茅の輪くぐりを済ませたら、あんぺいと魚そうめんに黒豆煮を添え、「水無月」と「茅の輪」に見立てて拵えた一品とお神酒の冷酒をいただいて、憎き疫病封じといこう。
露天神社の茅の輪くぐり(2016年6月撮影)
歳時記×食文化研究所
北野智子