【歴メシを愉しむ(26)】
美しき紅葉を食す日本の食文化

カテゴリー:食情報 投稿日:2019.12.04

晩秋から初冬、今が紅葉の⾒頃を迎えている。

前回は「紅葉(もみじ)」と呼ばれる⿅⾁について記したが、今回は正真正銘の紅葉についての話である。春のお花⾒に次いで、⽇本⼈が⼤好きな秋の⾏楽といえば、⼭野に紅葉を訊ねて鑑賞する紅葉狩り。

 

紅葉狩りは平安時代、宮廷や貴族の間で盛んになった優雅な遊びの⼀つで、紅葉を⾒物しながら宴を開き、その美しさを和歌に詠んで競う「紅葉合(もみじあわせ)」が流⾏したとか。江⼾時代になると庶⺠にも広がり、季節の⾏事として定着していった。

 

お花⾒のことを「桜狩り」ともいうが、この「狩る」という⾔葉には、「花や草⽊を鑑賞するために尋ね探す」という意味があり、⽇本⼈が愛する⾃然の饗宴である。

 

⽬でも⾆でも愛でる箕⾯の紅葉

⼤阪の真ん中から電⾞で30分ほどの箕⾯は今も昔も紅葉の名所である。名所の正式名称は「明治の森箕⾯国定公園」で、最奥には「⽇本の滝百選」に選定された箕⾯⼤滝がある。この滝の落差は33mあり、⾚く染まる紅葉越しに眺める名瀑は⾵情と迫⼒満点だ。

 

明治百年記念事業の⼀つとして国定公園に指定されたため、「明治の森」という冠が付いているが、箕⾯⼭の歴史はそれより遥か昔、およそ1300年前と伝わる。

 

650年代に修験道の開祖・役⼩⾓(えんのおづぬ/役⾏者)が開いたとされる箕⾯⼭の名刹・箕⾯⼭ 瀧安寺や聖天宮 ⻄江寺などは、⼩⾓が建⽴したのが始まりといわれ、古くから修⾏者の⼭岳修⾏道場だった。

 

江⼾時代に庶⺠の旅⾏ガイドとして⼈気だった『摂津名所図会』にも箕⾯の滝が紹介されている。図絵には、「この⼀⼭は丹楓(もみじ)多くして、秋の末は三千の樹々錦繍のごとく、滝の流れは紅(くれない)を濯(そそ)ぎ」とあり、また「苔深きみのおの⼭の松の⼾にただ声するは⿅の⾳ばかり」と鴨⻑明の歌も添えられている。

 

そして、箕⾯の名物といえば「もみじの天ぷら」。関⻄⼈なら⼤概は知っていると思うが、それ以外の⼈々には「え?もみじの葉っぱを⾷べるの?!」と驚かれることが多い。天ぷらといっても⽇本料理の天ぷらではなく、やわらかいもみじの葉がほど良い⽢さにカラリと揚がっていて、後を引く美味しさのお菓⼦で、古くから箕⾯⼭に伝わる素朴な伝統銘菓なのである。

 

作り⽅も実に⼿が込んでいる。もみじの天ぷらに使われるのは「⼀⾏寺楓」というもみじ。ゆえに全てが箕⾯のもみじというわけにはいかないらしい。紅葉が盛りの11⽉中旬〜12⽉初旬に⼀枚⼀枚⼿拾いで収穫したもみじ葉を丁寧に⽔洗いし、⼀枚ずつ⼿作業で軸を取り除き、塩漬けにする。

 

⼀年もの間寝かせた後、形のきれいな葉を選別して塩抜きした後に、砂糖、胡⿇などを混ぜて⽔溶きした⼩⻨粉に絡めて揚げるのだ。砂糖はザラメ、⽩砂糖を使うそうだが、種類・配分などは店ごとに秘伝がある。焦がさず美しいきつね⾊にカラッと揚げるには⻑年の経験が必要で、たかが天ぷらなどと決してあなどれないのである。

 

もみじの天ぷらも約1300年前、箕⾯⼭で修⾏をしていた役⼩⾓がもみじの美しさを称賛して、灯明の油で天ぷらを作り、修験道場を訪れる⼭伏たちに供したのが始まりとのこと。⼤和の国葛城で⽣まれ、⻤神を使役し、空中を⾃在に⾶ぶなど様々な伝説を持つ、超⼈呪術師とも評される修験者の⼩⾓が、もみじの天ぷらを揚げていたと思うと、なんとも微笑ましいではないか。

 

紅葉狩りにこぞって出掛けて、紅葉を愛でて歌も詠み、さらに紅葉を美味しくいただく術を探求し伝承する―このような美しい感性がこもった⽇本の⾷⽂化は、⾃然を愛し、感謝する⼼が育んだのだろうと、箕⾯⼭でもみじの天ぷらをつまみに熱燗で⼀杯やりながら思いを馳せたのであった。

歳時記×食文化研究所

北野智子

 

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編集部
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