餅にみる穀物信仰
正月はよく餅を食べる。そこで、食べながらその餅のことを少し考えてみた。
糯米を蒸して、それを搗いてつくる餅は日本だけでなく、中国雲南省や、ミャンマーの山中に住んでいる人たちでも見た。彼らは日本の餅によく似た丸形や四角のものをつくっていたが、特段、日本のようにハレ(晴)の日に食べるというものでもなく、食べたい時につくる、というものであった。ところが日本では、正月、祭り、建前(新築)、お産(誕生)、七五三などの祝い事には大概餅をつくる。
なぜかというと、米を主食とする日本人は、その米で生かされているので、そこに霊力を深く感じて生きてきた。すなわち米には力がある。その米をぐっと固めて(餅にして)食べれば、その力は体の中に宿り、悪霊を追儺して元気に暮らせるという「力餅」なのである。
大昔、日本への米の伝播に重要にかかわったと考えられる雲南省の人たちには、餅の霊力を信仰する考えは私の調査では確認できなかったことから考えると、餅を力として、一定のハレの日に神様の前で家々の人たちが共に食べる習わしは、日本で考えられた風習なのであろう。
日本人の食卓の原風景
日本人が大昔から、米と同じように霊力ありと信じたのが大豆であった。節分の悪霊(鬼)退治の追儺に撒くのはその例である。その米は水田ではぐくみ、大豆はその水田の畦で育てた。やがてそれが実って米は飯となり、大豆は味噌汁や醤油、納豆、豆腐などとして食に供される。日本人の食卓の原風景は、元をたどれば水田と畦に行きつき、そこから霊力が宿る穀物信仰が生まれたのである。
そのようなことを考えながら、今日の日本人の食生活を見ると、日増しに欧米化が進んで、米離れ、大豆離れが目に余る。米と大豆を中心とした和食の素晴らしさについて外国の学者たちは、カロリーの摂り方が理想的である、栄養のバランスが整っている、食材はすべてヘルシー(健康的)である、の3点を挙げている。
和食がユネスコの世界遺産に認定されるなど、いかなる国の食事も日本の和食にはかなわないと賞讃されているというのに、肝腎の日本人の多くがそこから遠ざかり続けているのは奇妙なことである。
今回は少し固いことを述べたが、正月ぐらいはじっくりと日本人の「食」を考えてみるのも大切なことではなかろうか。今、「食育」ということが盛んに言われているけれども、餅を家族一同で食べながら、日本人の「食」を皆で語り合うのも重要な食の教育だと思う。
小泉武夫
(初出・『ツーバイフォー』Vol.216)
文庫版サイズ(厚さ1.2×横10.5×縦14.8cm)
304頁
定価:本体1,800円+税
発行:株式会社IDP出版
ISBN978-4-905130-43-7
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