納豆菌の素晴らしきパワー
納豆は私の心の友と言ってもいいくらいの大好物ですから、話し出したら止まらなくなりそうですが、ぐっと堪えて要点をお話ししましょう。
和食の定番のおかずである糸引き納豆は、室町時代の中期に生まれたとされますが、江戸時代には庶民の味として定着していました。随筆『江戸自慢』には、「烏(からす)の啼(な)かぬ日は有れど、納豆売の来ぬ日はなし」とあり、『守貞謾稿(もりさだまんこう)』には、「汁に煮あるひは醤油をかけてこれを食す」と書かれています。また、「納豆と 蜆(しじみ)に朝寝 おこされる」という江戸川柳もありますから、納豆売りと蜆売りの売声が、毎日朝早くから長屋の路地に響いていたことがわかります。
納豆が庶民の味として揺るぎない地位を確立した理由は、なんといっても値段の安さと栄養価の高さに尽きます。茹でた大豆は、納豆菌の繁殖によって発酵することでビタミンB²が約10倍、アミノ酸は250〜300倍にも増加するのです。しかも、消化吸収が抜群に優れ、うまいことこの上ないわけですから、庶民に愛されるのも当然のことだったといえるでしょう。
最近では、新たにわかった糸引き納豆の保健的機能性にも注目が集まっています。納豆菌には、腸内で有毒菌の繁殖を防ぐ作用があります。さらに納豆菌は2つの重要な酵素を持っていて、ナットウキナーゼという酵素には血栓を溶かす働きがあり、アンギオテンシン変換阻害酵素には高い血圧を下げる働きがあることがわかりました。
日本には納豆かけごはんがある
さて、この素晴らしい納豆を、みなさんは普段、どうやって食べているでしょうか。日本人にとってもっとも一般的なのは、醤油と芥子(からし)を加えて練ってから、炊きたてのごはんの上にのせる食べ方だと思います。私も、それが納豆の最高の食べ方だと思っていますが、講演先でこんな質問を受けたことがあります。
「納豆はネバネバしてヌルヌルする食べ物だから、ごはんにのせて食べると、よく噛まないうちに飲み込んでしまいます。これでは消化によくないのではありませんか?」
結論。心配はご無用です。糸引き納豆には、タンパク質やデンプンを分解する消化系酵素が大量に含まれています。納豆かけごはんは、一気にかけ込んで食べても、お腹の中でしっかり消化されます。その意味では、納豆かけごはんは手軽に栄養補給できる日本ならではの献立といえますが……、一方で、納豆かけごはんが“早食い”という日本人の悪しき習慣に加担しているのかもしれないと思うと、正しい食文化を守ろうと訴えている身には、痛し痒しではあります。
小泉武夫
※本記事は小泉センセイのCDブック『民族と食の文化 食べるということ』から抜粋しています。
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