食べ物を発酵させる様々な知恵
発酵食品の長所、その第1番目は「保存ができる」ということです。
冷蔵庫がなかった時代、食べ物の保存は死活問題でした。人間は食いだめすることができません。たとえば魚が大漁だったとしても、1回で食べられる量には限度があります。残った魚は、そのままにしておけば、すぐに腐ってしまう。そこで、人間は知恵を絞って、さまざまな保存方法を考えました。
まず、乾燥させることです。生のイカはすぐに腐りますが、スルメは腐りません。食べものから水分を抜くことで、腐敗菌は働けなくなるからです。それから浸透圧を利用することで、塩に漬けたり、砂糖につけたりすると、食べ物は長期保存ができます。燻製も保存の知恵です。煙の中に含まれるポリフェノールは強烈な防腐剤なのです。また、灰も使われました。灰の主成分は炭酸カリウムでアルカリ性が強く、食べ物にまぶしておけば腐敗が防止できたのです。そして、植物の利用です。今でも柿の葉鮨や笹団子はつくられていますが、抗菌性の強い植物の葉で包めば、食べ物は腐りにくいことがわかりました。
そういった食べ物を保存するための人間の知恵の中でも、もっとも高度な方法が、微生物の働きを応用した発酵といえるのです。
発酵していれば170年目の食べ物も食べられる
今から15年ほど前、私はトルコの山岳地帯で170年前の山羊のチーズを食べたことがあります。硬さはガリガリのチーズの塊りで、それを叩いて割り、食べてみましたところ、そのチーズは口の中で溶けてトロトロになりましたが、確かにチーズの味がしました。また、1998年に私はNHKの『素晴らしき地球の旅——発酵食品のルーツを探る』という番組で、日本の熟鮓のルーツを求めてアジアの各地を訪れましたが、中国南部の広西チュワン族自治区では、40年前の鯉の熟鮓に出会いました。甕の中で40年前に麹と一緒に漬け込まれた鯉は見事に原型を留め、包丁を入れたときはかなり硬かったものの、口に入れるとチーズのような味がして、なかなか乙なものでした。
日本だって負けてはいません。和歌山県新宮市では、秋刀魚、鯖、鮎、鮠(はや)などの熟鮓がつくられていますが、今でも30年間発酵させた秋刀魚の熟鮓を出してくれる店があります。こちらは原型を留めず、甕の中でクリーム状になっていますが、目をつぶって食べれば、100人中100人がヨーグルトだと思うでしょう。
今日とれた魚を、30年以上先まで保存できる。それが人智を超えた発酵の力なのです。発酵食品の長所、その第2番目は「栄養を高める」ということ。健康への効能を考え合わせれば、“滋養”と言ったほうがいいかもしれません。そして、第3番目は「独特の匂いと味を作り出す」ということ。
※トップ写真は「徳山鮓」(滋賀県・余呉湖)の鮒鮨です
小泉武夫
※本記事は小泉センセイのCDブック『民族と食の文化 食べるということ』から抜粋しています。
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