イクラはロシア語
世界一の魚食民族である日本人は、魚の卵を巧みに利用する知恵を持っている。
まず、鮭の卵を塩蔵したものに筋子(すじこ)がある。塩引き鮭を製造する時(そのころの鮭は、産卵までにまだ少し時間があるので、川にのぼる前に、河口やその近くの海で回遊しているものを捕獲したものが多い)、腹を割いて卵のうのまま摘出し、塩蔵したものである。江戸時代の寛文九(一六六九)年の『津軽(つがる)一統誌(いっとうし)』には「干しからさけ」、「塩干しさけ」として、塩ざけが紹介されているから、筋子も、そのころにはつくられていたとみてよい。
一方、川にのぼった産卵期近くの鮭から、手で絞り出して粒状の魚卵としたのがイクラである。ロシア人が、キャビアの代用品としてつくったものが、明治時代中期に日本に輸入されてきたもので、そのため、このようなロシア語がついている。日本では、古くからこのイクラのことを「鮭の鮞(はららご)」と呼び、これも筋子と同様、昔から日本人が賞味してきた魚卵塩蔵品である。保存のために、ちょうど良い塩加減に塩蔵してあるから、そのまま飯のおかずにしたり、味醂醤油に漬け直したり、椀種(わんだね)にしたり、飯に炊き込んだりして、珍重してきた。
数の子はなぜ縁起がいいのか?
数の子は、鰊(にしん)の胎卵を乾燥するか、塩漬けにしたものである。鰊から卵巣を取り出し、海水を満たした容器で一昼夜浸した後、形を崩さぬようにすくい上げて、簀(す)の子にひろげ、淡水を注いで汚物を洗い去り、水切りして塩蔵し、一週間ほどしてから乾燥する。
鰊が多くとれた時には、飢饉の際の救助用に蓄えたり、タンパク質やビタミンが豊富なところから、滋養強壮食にしたりして、日本人に重宝されてきた。卵の数が多いから、子孫繁栄の縁起ものとして、新年の献立に欠くべからざるものとされている。
日本の料理や食べものには、口当たりの軟らかいものが多い中で、卵膜特有の硬さを上手に生かして、嚙むと、心を弾ませてくれるような破裂音が、口いっぱいに広がる。
こうした数の子は、日本料理の中では、異色の食材ということができる。
スケトウダラ(めんたい)の卵も、塩蔵品として加工され、多量に食べられている。一般に「たらこ」といえば、このスケトウダラの卵のことで、その塩蔵品の代表がもみじ子や唐辛子をからめた「辛し明太子」である。
小泉武夫