芥子醤油で劇的変化
中国の福建省や浙江省、台湾に行くと「臭豆腐(チートウフウ)」という発酵豆腐がある。その異様なほどの臭(くさ)さは実に強烈なのでこの名前がつけられたのであるが、あの手のにおいの嫌いな人は「ウワーッ!」と絶叫して逃げ出してしまうかもしれない。
作り方は、酪酸菌、乳酸菌、プロピオン菌で発酵させたものを、さらにもう一度、発酵している塩汁の中に漬けて発酵・熟成させたものであるので、非常に強烈な臭気となり、さしずめ日本のくさやに似ている。
以前、台湾の台南市民族路の屋台街にある臭豆腐の有名な店に行ったことがある。何百もの屋台の並ぶ中に名の知れた臭豆腐屋があり、その周辺は実に臭い。さっそく4cm角ぐらいに切った臭豆腐を見せてもらったのだが、いやはや激烈なほどの臭みがあってびっくりした。ところが、それを油でこんがりと揚げて出してくれた熱いやつに芥子(からし)醤油をつけて食べたところ、あらら、不思議や不思議。あの強烈な臭みはどこかにいってしまって、今度はとても香ばしい芳香になって、正に野獣が美女に変身したかのよう劇的変化であった。
さて、この発酵豆腐は油で揚げたり、そのまま酒の肴にするが、一番多い食べ方は毎朝の粥(かゆ)のおかずである。椀の中の粥の上に臭豆腐の小片をのせ、それを少しずつ箸でちぎって粥とともに食べると、そのにおいとコク味に誘発されて食欲は大いにわき、夏の暑い時や食欲不振の時などにはてき面の食べ物となるのである。
沖縄の発酵豆腐
一方、日本にも発酵豆腐がある。紅色の美しい色彩と、そして素晴らしく美味な沖縄県の「豆腐餅(とうふよう)」がそれで、作り方は、豆腐を指の一節ぐらいの厚さに切り、塩を振って布ふきんをかぶせて陰干しし、それを漬け汁(紅麴〔べにこうじ〕を泡盛に一夜漬けておいてから擂〔す〕り鉢で擂り潰し、ドロドロとなったものに好みで塩、砂糖を加えて調味したもの)に漬け込む。二か月ぐらいから食べられるが、じっくりと六か月ぐらい発酵・熟成をかけて完成したものは風格があって絶妙となる。出来上がった豆腐餅は実に美しい紅色となり、さらにその味はチーズよりも一層コク味と深みをもって美味となり、まさに「東洋の紅チーズ」と表現してもよいほどの、発酵豆腐の女王といえるものである。
沖縄では、これを小さな皿に載せ、泡盛の肴として重宝している。尚王家の侍医が著した『御膳本草』には「豆腐餅は香ばしく美にして胃気を開き食を甘美ならせむ。諸病によし」とある。
小泉武夫