空港で出会った「島ピザ」
「ターミナル」という題名のハリウッド映画があったのをご存じだろうか。祖国の消滅により、パスポートが無効となってしまった男(トム・ハンクス)が、言葉の通じない異国の空港でさまざまな人と出会う物語である。
公開されてから十数年たつが、確かに空港は単なる通過点ではない。人と人が交差する場、意外なものと出会う空間でもある。
その意味でも、八丈島の空港で出会った「くさやピザ」の衝撃は大きかった。地元名産のくさやと、ピザのコラボレーション。メニューには単に「島ピザ」とあった。
江戸時代から伝わる食べ物
くさやとは、伊豆諸島の特産品で、背開きしたムロアジやトビウオなどの魚を使用した干物である。魚醤(ぎょしょう)に似た独特の匂いや風味をもつ発酵液「くさや液」に浸潤させたあと、天日干しにする。江戸時代から伝わる食べ物といい、焼くと独特の臭気を発する。
「くさいや」から「くさや」なのか。諸説あり、語源ははっきりしないが、一度食べたら忘れられない味である。かなり好き嫌いが分かれる食べ物であることだけは間違いない。
独特の風味が口の中に広がった
私は「旅の思い出に」と思い、注文した。待つこと数分。ピザの上には、海草とともにほぐしたくさやがのっている。プーンと独特のにおいが鼻をついた。
一瞬身を引いてしまったが、口に運び、かみしめると独特の風味が口の中に広がった。なかなかいける、いけるよ。これは酒と相性がいいはず。そう思い、「島酒」と呼ばれる芋焼酎を追加した。アルコール度数25℃の芋焼酎が出てきたが、35℃とアルコール度数がもっと高い方が合うかもしれない。
島の居酒屋では、島特産のアシタバのおひたしで一杯。漢字で「明日葉」。今日取っても、明日には葉が生えてくるいわれ、栄養価が高い。
アシタバのおひたし
おれはいまくさやを食べているんだ。正真正銘のくさやだぞ。この地球上で今くさやを食べている人は何人いるんだろうか――。そんな高揚感と、ほろ酔い気分も手伝い、幸せな気持ちになってきた。レストランの壁を見回すと、海のイメージなのか、魚の絵が描かれている。「ユウゼン」という日本の固有種で伊豆諸島や小笠原でよく見られる魚らしい。
出発便を告げるアナウンスが聞こえた。あれあれ、離陸まであと10分だ。急いで会計(焼酎3杯分と合わせ3000円ほど)を済ませ、千鳥足で搭乗口に向かう。アルコールとくさやの臭気で検知器の警報機が鳴るのではないか、と思ってしまったが、それは大丈夫だった。
豪流伝児(ごうるでん・がい)/東京・新宿ゴールデン街をねぐらに、旅と食、酒を人生の伴にするライター。