【ニッポン列島マレメシ紀行(8)】中標津/「ゲンゲ汁」

カテゴリー:食情報 投稿日:2016.11.17

「ゲンゲ汁」とは!?

更科源蔵(さらしな・げんぞう)という北海道出身の作家が、北海道の寒さをこう表現していた。「立っている足のうらから冷たさが血の中にのぼってくる」(『北海道の旅』)。今年10月末に北海道を訪れたときも、肌を突き刺すような冷たい風に身がぶるぶると震えた。

泊まったのは道東の中標津(なかしべつ)という街。地元でも評判の回転ずし屋を訪ねた。サンマ、ホッキ、ホタテ、ツブ、ウニ、カニ……。北海道を代表する新鮮な魚介類が目の前のベルトコンベヤーの上をぐるぐる回る。ビールで軽くのどを潤してから、地酒「北の勝」を頼んだ。

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それにしても最近は地方でも回転ずし屋が繁盛しているという。値段の安さもさることながら、物流の発達で鮮度のいい魚介類が入りやすくなったのだろう。しかも駐車場が広い。この店もほとんどの客が車に乗ってやって来た。もっとも鉄道もバスも走っていない郊外だけに、車の利用が当たり前なのだろう。

さて酔いが回ったのだろうか、1皿、2皿、3皿、と皿の数がいつのまにか増えていた。シメに汁物でも頼もうかなと思っていたら、「ゲンゲ汁がうまい」と店の人。ゲンゲ? 聞き慣れない言葉なので尋ねると、知床半島・羅臼沖の深海に棲む雑魚だそうである。

 

「下(げ)の下」が「ゲンゲ」になった

同席した知人が言う。「底引き網で大量に捕れたんだよ。でも捨てられることが多く、地元では『下魚(げざかな)』と呼ばれている。要するに下等な魚という訳」。水揚げされても昔は浜に打ち捨てられた下等な魚扱いだったそうである。水分を多く含んでいるため劣化も早く、すぐ生臭くなる。「下(げ)の下(げ)」が「ゲンゲ」になったのもわかるような気がしてきた。

手持ちのスマホで調べてみると、ゲンゲは水深200m以深に棲む深海魚。体長20cmほどで細長い。大きなオタマジャクシのような印象だ。身は白く透明感があり、ヌルヌルとした分厚いゼラチン質で覆われている。網を引き揚げる際、そのゼラチン質の体が網に巻き付くのだそうだ。適度な脂がのっており、地元では味噌汁の具や吸い物の種として使われていたという。

ゲンゲ汁はたっぷりと身や白髪ネギが入って1杯180円だった。身は柔らかく、きめ細やか。脂はのっているが、くどくない。天ぷらや空揚げにしてもおいしいだろう。

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ゲンゲ汁のお陰で体がすっかり温まった。何より、そのいわれが面白い。ゲンゲは出世魚だという。雑魚の中の雑魚として扱われてきた「下の下」が、滅多に出逢うことのできない幻の魚「幻魚」になったというのである。そう聞くと、うれしくもなってくる。寒い北海道で出逢った「心温まる物語」である。

 

豪流伝児(ごうるでん・がい)/東京・新宿ゴールデン街をねぐらに、旅と食、酒を人生の伴にするライター。

 

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編集部
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