飯田のソウルフードとは
体が求めているのだろうか。エネルギーを充電したいのだろうか。
モツの煮込みを食べたいときがある。寒風吹きすさぶ日など、居酒屋で熱燗をちびちびやりながら煮込みをつつくのは至福のひととき。もちろん、真夏の炎天下、熱々の煮込みをつつき、生ビールの大ジョッキを豪快に飲み干すのも、豪快で爽快感がある。
いずれにしても、酒飲みに理屈は不要。うまい酒とつまみがあればいい。
南アルプスのふもとに広がる長野県飯田市に来た。街のソウルフード、馬の内臓を煮込んだ「おたぐり」を食べるためである。
食べ始めたのは明治後半
馬は草食動物で腸が長い。約20~30mある。内容物をしっかり取り出し、塩水などでたぐり寄せながらきれいに洗う。なので「おたぐり」と呼ばれるようになったという。
農耕馬の木曽馬などを産出し、歴史的にも馬との関係が深い信州。古くは大和朝廷へ馬を献上していたという。東と西を結ぶ交通の要衝。馬による物資輸送も盛んだった。老齢で作業に使いにくくなった馬の肉を食用にする文化も根づいていたのだろう。地元図書館で歴史を調べると、馬の内臓を食べ始めたのは明治後半。商売として「おたぐり」が出回るようになったのは大正時代だそうである。
病みつきになる味
JR飯田駅近くの居酒屋。皿に盛られた「おたぐり」が出てきた。プーンと独特なにおい。つまようじに刺して食べる。コンニャクや野菜などは入っていない。しっかりとした歯ごたえ。塩味も利いている。唐辛子をかけるとさらに味が引き立つ。たしかにクセがある。が、これが病みつきになるおそれもある。ビールやハイボールとの相性もいい。コレステロールも少ないという。
同じ長野県でも飯田より北にある伊那や駒ケ根に行くと、「おたぐり」はあまり見かけなく、馬刺しが名物だ。飯田に来るのは、そこで使われない内臓。一斗缶に詰めて冷凍されたものを何缶も購入し、冷凍庫に保管するのだそうである。
別の店を訪ねた。1~3時間かけて丁寧に洗い、2~5時間水だけで煮る。味つけのためにさらに1時間ほど煮る。使っているのは昔ながらの釜と薪。
熊本など各地に馬肉料理はあるが、「おたぐり」のような馬の内臓を食べる文化が受け継がれてきたのは珍しい。急峻な山々に隔てられ、周囲から隔絶された環境が独特の食文化を育んだのだろうか。羊の飼育も盛ん。ジンギスカン文化も根強く残っている。しかも飯田市は、焼き肉店の数が約80軒(南信州牛ブランド推進協議会調べ、2015年1月現在)。人口1万人あたりの数が全国1位。いやはや驚いた。
さまざまな食文化がある日本列島。次回はどこへ行こうか。
豪流伝児(ごうるでん・がい)/東京・新宿ゴールデン街をねぐらに、旅と食、酒を人生の伴にするライター。