「マタギ」という言葉をご存じだろうか。クマや野ウサギなどを追って深い山々に入る狩猟民のことである。いつだったか、豪雪に見舞われた真冬、私が訪ねたのは奥羽山脈のふもとにある秋田県北秋田市の阿仁(あに)集落だった。秋田新幹線の角館駅で下車。秋田内陸縦貫鉄道に乗り換え、1時間ほどの場所にあった。
秋田内陸縦貫鉄道
お邪魔したのはこの地で代々続くマタギ一家が営む旅館である。ぶつ切りにした大根とクマが好む根曲がり竹を、クマ肉とともに煮た「クマ鍋」を食べた。調味料はみそのみ。クマ肉は焼いてしまうとひたすら硬くなるだけなので、「煮るのが最高の調理法」と旅館の経営者はいう。
かみしめると肉汁があふれる。野性味たっぷり。意外にやわらかい。冬眠前にエサをたっぷり食べたクマは、脂肪分が多いのだそうだ。
脂が溶けてきたのか鍋全体から濃厚な香りが漂ってきた。
食べながら、マタギのオキテを伺った。厳格な統率者「シカリ」のもとで固い結束があり、クマは山の神からの授かり物として公平に分配する。大切にはいだ毛皮は極上品。取り出した生々しい器官からは、黒っぽい肝臓の付け根を探す。薬として重宝される「クマの胆(い)」になる胆嚢(たんのう)である。
1960年代までは生業とする人も多かった。狩猟にはヤリや国産の村田銃、その後ライフル銃が主流に。だが開発で獲物が減り、毛皮需要も少なくなり衰退した。伝統的なマタギは数えるほどしかいないという。
そんなお話を伺いながら食べる「クマ鍋」はうまかった。体も温まった。
翌日、雪を踏み分け、近くの「道の駅」を訪ねた。冷凍のクマ肉は3,000円(300g)。自然界の中で共存してきた人とクマ。山から命を頂くという崇高な意味を、秋田の山里で考えた。
道の駅では馬のホルモンも売られていた
豪流伝児(ごうるでん・がい)/東京・新宿ゴールデン街をねぐらに、旅と食、酒を人生の伴にするライター。