頭上を見渡せば抜けるような青空だ。弓状の砂浜に波が打ち寄せる。聞こえるのはザザーッという音だけである。
九州のはるか南。東シナ海に浮かぶ奄美大島。その南西部にある加計呂麻(かけろま)島(鹿児島県瀬戸内町)は周囲約147km、人口約1300人という。深い森と海の間のわずかな平地に、集落が点在している。群青色の海。サンゴもよく成長し、回遊魚がたくさん集まってくる。
桃源郷のようなこの島は、映画「男はつらいよ」シリーズの最終48作「寅次郎紅の花」の舞台となった。寅さんが「元気かい?」と、島で暮らすマドンナのリリーに会いに来る。2人はもう若くはない。時の流れを感じつつ、自然豊かな島で仲良く一緒に暮らすというストーリーである(もちろん、またケンカ別れしてしまうが)。
映画の公開から21年。監督の山田洋次さん(85)は今も夏休みにこの島に出かける。「日本人は若くて元気があるころは北へ向かい、年を重ねて休みたくなると南に帰りたくなるのでは」という。滞在先のホテルには「もはやここは第二の故郷」と色紙に書いてある。
監督も好きだという奄美のフルーツ。タンカンは果汁と果肉がぎゅっと詰まっている。島バナナは小ぶりだが、甘さの中に酸味とうまみがあり、しかもモチモチ。
島バナナ
島の人に話を伺うと、島バナナは、強い風が吹くとすぐ倒れてしまう。計画的に生産できないので大規模に作れない。一般の流通ルートにも乗せられない。なので島内や町内で出回るのだという。
私は船が来るまでの間、港近くの売店で「イカとシビの刺し身」を買い求め、その場で食べた。イカは改めて説明は不要だろうが、シビとはヨコワの呼び名である。体重3~5kgまで成長したマグロの幼魚だという。
奄美の醬油につけて食べる。それにしても甘い。なぜ甘いのだろう。
シビの刺し身
諸説あるが、気温が高いほど人は生理的に甘いものを欲するのかもしれない(寒冷地は逆)。奄美は砂糖の産地。手に入れやすかったという説もうなづける。黒糖焼酎にも合う。「そもそも、関東の醤油がからすぎるんだ」。島の人にそう言われたときには反論できなかった。
いずれにしても南国のゆったりとした時間に身をまかせ、地元の食材を食する幸せは何ともいえない。日差しの暑さに汗が噴き出たが、海風がときおり吹く。「時間よ、止まれ」。心の中でつぶやいた。
豪流伝児(ごうるでん・がい)/東京・新宿ゴールデン街をねぐらに、旅と食、酒を人生の伴にするライター。