東京は広い。奥多摩には深い山々がそびえ、標高2017mの雲取山が山梨、埼玉の両県と接する。目を太平洋に転じれば、はるか1000km南に小笠原諸島の父島、そして母島。
近海はアオウミガメの生息地。都の漁業調整規則で制限付きで捕獲が認められている。ウミガメを食べる食文化が古くからあるためだ。解体された肉は伊豆諸島にも運ばれる。私が向かった先は八丈島。人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルになったとも言われる。父島や母島よりは近いが、それでも東京の都心から約300kmある。
上空からの八丈島
三根地区にある居酒屋「梁山泊」。「Sea Turtle Broth」という英語表記とともに「青海亀の煮込み」とメニューに書かれていた。亀の体のいろいろな部分をみそ汁風に煮込んだという。1皿1000円。
青海亀の煮込み
風味を一層引き立てるため、ショウガや島特産のアシタバを入れて煮るそうだ。「タマネギを入れる地域もあります」と店の従業員。汁は黄緑色っぽい。鼻につく独特のにおい。私の隣にいた島の人は「これがうまいんだ。亀のエキスが溶け込んでいる」と器になみなみと盛られたスープを飲み干した。私も飲んでみる。すると、体の中から元気がみなぎってくるような感じがした。
沖合を黒潮が流れ、古来より漂流、漂着の文化が花開いた八丈島。「旅人を包み込む温かさは、懐の深い歴史があるからです」と島の人は誇らしげに言う。戦国武将・宇喜多秀家も流人だった。関ケ原の戦いで敗れた西軍の主力。だが34歳で八丈島に流されたあとも50年近く生きた。あの時代としては驚くべき長寿である。
「秀家も亀を食べたんじゃないでしょうか。内臓がとくにうまいそうです」と古老。島の自然を紹介している「ビジターセンター」によると、アオウミガメは100g(刺し身用)あたり82kcal。水分79.7g、たんぱく質19.1g、脂質0.2g。たしかに低カロリーで高たんぱくだ。
江戸時代から明治初期までの260年あまりの間に約1900人が流されたと伝えられる八丈島。くさややカンパチの刺し身もうまいが、島を訪れたらぜひ野性味あふれる「アオウミガメの煮込み」を。甘みがある地元産のイモ焼酎とこれがまたよく合う。
豪流伝児(ごうるでん・がい)/東京・新宿ゴールデン街をねぐらに、旅と食、酒を人生の伴にするライター。