11月24日は「和食の日」。日本人の伝統的な食文化について見直し、和食文化の保護・継承の大切さについて考える日です。そこで小泉センセイ(東京農大名誉教授・当メディア総合監修)の特別寄稿「和食はこんなに素晴らしい」を11月23、24、25日と3日連続でお届け致します。
和食は発酵食品の宝庫
目にも見ることの出来ない微細な生きものである微生物の働きを応用して、人類は「発酵」という一大文化を創造してきた。それが出来た背景には、微細な生きものの性質を知り抜いた知恵の集積があったからにほかならない。先人たちのたゆみない観察力と豊かな発想から生まれた、この知恵の巧みさときたら、現代人の想像を遥かに超えるものがある。
150年使い続けている
桝塚味噌(愛知県)の木桶
「発酵」を利用した食文化は人類の創造した知恵と世界中から見られているが、とりわけわが国は昔からその発想に勝れ、世界一の発酵王国を築き上げてきた。発酵することにより、冷蔵庫などのなかった時代でも、食べものは保存でき、その上、特有の匂いは食欲を増進させ、さらに出来上がった発酵食品にたっぷりの滋養成分を蓄積させることができる。発酵はまさに奇跡的な食文化のひとつで、食の世界遺産の中でも中心に位置する事象である。
日本は世界一の発酵王国で、発酵食品なしに和食は成り立たない。
食卓でお馴染みの納豆、糀(麴)、味噌、醤油、米酢、鰹節をはじめ発酵茶、発酵豆腐、葛(くず)、日本酒や焼酎、味醂、甘酒もそうですし、日本に800種類もあるといわれる漬物の多くも発酵食品で、ほかに、魚介類の発酵食品として、魚醤、塩辛、くさや、飯鮓(いいずし)〈鮒鮓(ふなずし)、鮭飯鮓、鯖熟鮓(さばなれずし)、秋刀魚(さんま)熟鮓など〉もある。
日本はどうしてこれほどすごい発酵王国になったのかというと、それには大きく三つの理由が考えられる。
発酵王国三つの条件
一つは気候風土の影響で、高温多湿で亜熱帯の国なので、そのような環境に適した発酵に関与する微生物がたくさん存在することである。その発酵微生物たちが、和食をつくり、日本人の体と心をつくってきたといっても過言でない。
桝塚味噌の蔵
二つめは、日本は雨が多い一方で、日照りも多いため、発酵食品の原料となる農作物の生育にも適していて、米をはじめ、大豆、野菜、果物など、ありとあらゆるものが国内で生産できる。また、日本は四方を海に囲まれた島国なので海の魚介類を中心とした海産物も豊富で、その上、山から流れてくる川や、その途中の湖沼にはアユ、フナ、コイといった川魚も生息し、それらも発酵されることになるのである。
当初はこれらの食品を長く保存する目的で、発酵を施すことを重宝していた。それが時代を経るにつれ、発酵食品の味わい自体をたのしむようになり、現在では長寿食としても注目されている。
三つめは、海からとれる豊富な塩である。これも日本が発酵王国となった重要な要素で、日本では、縄文時代から塩田をつくって、海の塩を食に利用していたことが知られていて、発酵のプロセスで欠かせない塩が、容易に入手できたおかげで、さまざまな発酵食品が生み出されていったのである。そして今では、発酵食品には体にとってとても良い滋養成分が含まれ、また免疫力も示唆されるなど、保健的機能性を秘めた食べものとして注目されているのである。
以上、和食の世界遺産登録について、委員の一人である筆者が発言した部分を解説した。会議ではほかに、「和食のヘルシーさ」、「和菓子」、「茶」、「日本酒」、「箸文化」、「うま味の発見」、「日本ならではの調理」、「食材の豊かさ」、「握り寿司」、「蕎麦とうどん」、「食器」、「一汁三菜と和食の型」、「米食文化」、「餅」、「包丁」、「ハレの日の食」、「出汁」、「味噌文化」など、とにかく日本型食文化のあらゆるものが世界遺産になりえるものであることをまとめたのである。
このように和食は世界遺産に登録されたので、今後は更にこれを日本国内のみならず世界にも発信していくことが肝要になってくる。和食を大切にすることが日本の将来を語ることにつながるのは自明の理であるといってもよい。
小泉武夫