突然だが、この冬、大根の食べ方で一番好きなものに出合ってしまい、私の長い大根観が変わった。思えばずいぶんと時間がかかったものだ。
多くの日本人が好きな野菜である大根、ことに冬場は風呂吹き大根やおでん、ブリ大根などが、食卓をほこほこと温めていることだろう。
嫌いじゃないけど注文せず
私は、おでん屋で一皿目のチョイスに、大根は決して入れない。今夜は1軒だけねと、おでん屋に長居をする場合を別として、最後まで大根は注文しない。いや、別に大根がキライだという訳ではない。ただ、食い意地の張っている私は、もっと凝ったものというか、お腹にガォンときて、かつ酒のアテに嬉しく、いつでも食べられないものを注文する。私の一皿目の必須アイテムは、牛すじ串2本と決まっている。まずはこれに辛子をまとわせ、ぬる燗をクピクピ。2回目以降のオーダーでは、たこ、ごぼ天、ひろうす、玉子、糸コンと進んでゆき、シウマイがあればなお結構!となる。
ここで読者の方から、「糸コンなども、いつでも食べられるものではないか」と言われそうだが、私は大の糸コン好きで、すき焼き屋に行って、牛肉のおかわりはしないが、糸コンのおかわりはする人間である…と、ついおでんの話が長くなったが、大根の話である。
大根は歴史ある野菜
大根は、原産地について諸説があり定かではないが、古代エジプトでは紀元前から栽培され、ピラミッド建設の労働報酬の一つになっていたとされ、人類が古くから食用にしてきた野菜である。日本には中国から伝わり、各地へ広まった。『古事記』には、「清白(すずしろ)」の名で記され、他にも、「おほね」「鏡草」ともいったという。現在も春の七草では、「すずしろ」の名が使われており、日本人には古来 馴染みの深い野菜の一つである。「だいこん」という呼び名になったのは室町中期だといわれている。
そのように歴史ある大根だが、今一つ、好きというわけでなく、消化促進など身体に良い野菜よね…という感じであった。
寒干し大根にノックアウトされる
しかし、毎朝 猪被害を防ぐため罠見回りに行く農園で、手作りの寒干し大根をいただいて、私の大根観は打ち砕かれた。
この寒干し大根は、大きくならなかったものや形がいびつなものを、寒の入り頃から、丁寧に竹竿に吊るし、何日か干されたもの。これがまた、一度食べたら忘れられない味と歯ごたえで、しんなりとした皮の中にはまだ水気があり、それがまた甘くて、大根特有のほの辛さとのコンビネーションは最高!そこへなんともいえないお日さまの香りである「日向香(ひなたか)」が加わり、さらに美味しさをアップさせている。
薄切りにして、そのまま醤油をちょんとつけたり、塩でちょいと揉んでから軽く搾り、甘みを利かせた酢に和えて食べたり、カリカリ、ゴリンゴリン、ご飯はもちろん、日本酒のアテにもよろしく、もうやめられない。この上なくシンプルで素朴、ひなびた味わいに日々、ノックアウトされている。
干すという素晴らしい知恵の賜物
昔から魚貝の干物はもちろん、干したものは美味しいとされているが、この寒干し大根を食べて改めて感じた。野菜は干すと水分が抜け、旨みが凝縮されるが、さらに嬉しいのは大根の持つカリウム、カルシウム、食物繊維などの栄養価も高まることだ。
今まで、風呂吹き大根やおでん大根のように、単体大根料理にあまり興味がなかった私が、大根のみを食べて美味しさを発見した。
思えば、猟師になってから、季節ごとの自然の美味にたくさん出合わせてもらっている。本当に感謝である。
歳時記×食文化研究所
代表 北野智子
文庫版サイズ(厚さ1.2×横10.5×縦14.8cm)
304頁
定価:本体1,800円+税
発行:株式会社IDP出版
ISBN978-4-905130-43-7
◎入手方法
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