今夏は、母の介護などがあり、ちょっと体調を崩したところへ夏バテが重なり、辛い日々が多かった。今まで夏バテはしても食欲は失ったことがない私とは思えないほど、食べものを受け付けてくれなくなった。
そんな私に唯一、夏のマイ定番・「冷やしきつね」だけはOKで、胃袋にジィ~ンと沁みこむこの美味に何度も救われたのである。
「きつねうどん」は三位一体の美味
「冷やしきつね」とは、「冷やしきつねうどん」のこと。茹でたてのうどんを氷水に泳がせてキリリンと冷やし、甘辛く炊いて冷やしておいたおあげさん(薄揚げ)をのせ、刻み青ねぎをパラパラとふりまき、冷やした出汁をかけた、「きつねうどん」の冷やしバージョンである。
大阪名物の「きつねうどん」は、1893(明治26)年頃に大阪の南船場にある『松葉家』の主人が、うどんに油揚げをのせた「コンコンさん」という種物を考案したのが始まりとされている。以来「きつねうどん」は、130年近く大阪人に愛され続けている庶民のうどんである。大阪では、うどん屋に入って、お品書きに並ぶ多彩なメニューを見てあれこれ悩んでも、、「やっぱり、きつねにするわ」という人は多い。もちろん私もその一人である。
庶民派の「きつねうどん」だが、実はとても奥が深い。大阪のうどんの美味しさは、“三位一体”であるといわれている。“三位一体”とは、つゆ、麺、具である。大阪のつゆは、ほんのりと色がついているだけで、透き通っているのに、しっかりと出汁が効いている。たっぷりの昆布と鰹節で出汁を取り、淡口醤油、酒、みりんなどで、出汁の旨みを最大限活かすように、つゆの味を調えているのだ。
大阪うどんの特徴は、麺の太さと柔らかさにあるとされ、これはつゆにうまくなじむようにとの配慮から生まれたものだという。ゆえに麺だけをつけ汁で食べても、その真価は発揮されない。それは、麺そのものが味を主張しすぎることはなく、一杯のうどんとしてのバランスを追求しているからなのだ。
ゆえに「きつねうどん」でいうと、金色がかった透明感のある奥深いつゆ、喉越しよく滑らかな麺、醤油、みりんでじっくりと甘辛く炊いた具(薄揚げ)の“三位一体”で味わってこそ美味なのだ。うどんとは、大阪の出汁文化を象徴する料理なのである。
食材につける敬称の不思議
ところで、大阪人の呼び名の不思議に、「お揚げさん」とか、「おうどん」の呼び名がある。「お」や「さん」など、食材に敬称をつけるのだ。「揚げ」や「芋」「豆」などは、「お揚げさん」「お芋さん」「お豆さん」と、「お」と「さん」を付けるが、「おうどんさん」とは呼ばない。「うどん」には「お」だけをつけるのだ。この類には、「おつゆ」「おそば」「お豆腐」「お醤油」(「おしょゆぅ」と語尾を下げて発音する)「お大根」などがある。この「おつゆ」のことを、大阪では元々は「おつい」と呼んでおり、女房詞が由来なのだとか。
他府県の人に、「お+さん」と、「お」だけの違いは何か?と問われると、暗黙の大阪ルールがあるのだろうとしか答えられないが、「もったいない精神」を持ち、食べものを粗末にしなかった大阪人の、食材に対する感謝の心の表れであることだけは間違いない。
残暑厳しい折、みなさんも「冷やしきつね」をツルツルされてはいかがでしょう。
歳時記×食文化研究所
北野 智子