3月も末となり、これから4月上旬にかけての 菜の花の時季に降り続く雨は、菜種梅雨と呼ばれる。この頃になると、菜の花の鮮やかな黄色に触発されてか、無性にたまごを食べたくなる私である。
たまごの旬は春とされていた
この時季にたまごが食べたくなるもう一つの理由は、たまごは春が一番美味しいからである。今では年がら年中出回っているたまご。平飼いや放し飼いなど自然に近い環境で育った鶏の有精卵に限られるが、その旬は春とされていた。大昔からいる原種に近い鶏は、春の時季にしかたまごを産まなかったといわれている。品種の掛け合わせが進んだ現在でも、一年のうち、鶏のコンディションが最もいい季節は春とされており、この時季、土に芽吹いた新芽を食べた鶏は、春の息吹を体いっぱいに取り入れるからだろう。
ヨーロッパでも、たまごは冬の終わりを祝う春の象徴とされ、復活祭イースターでは、「イースターエッグ」として、親しい人への贈りものにしたり、たまご料理を食べて祝うという。
オムライスか、チキンライスか
先日神戸で打合せがあり、密かに「ランチは元町の洋食屋でオムライス!」とほくそ笑んで出掛けたのだが、時間が長引いて食べ損ね、未だその恨みが消えないので、春たまごの一品はオムライスと決めた。
オムライスもチキンライスも大好きな私。たまごを焼く直前になって、「いや、待てよ、ここはシンプルにチキンライスだけで食べるのもいいか…」という葛藤が生まれる。やっかいなことに、オムライスからチキンライスにと、チキンライスからオムライスにするか悩む場合もあって、う~む、どうやらこの2択には抜き差しならぬ関係があるようだ。
チキンライスあってのオムライス
「チキンライス」という言葉を最初に日本に伝えたのは、1885(明治18)年刊行の『手軽西洋料理』だとされている。なんと著者の米国人クララ・ホイトニーは、幕末の時代に幕臣・勝海舟と愛人 梶くまとの間に生まれた息子・梅太郎の妻である。しかし、ここで紹介されたチキンライスは現在のような赤いケチャップライスではなく、煮込んだ鶏肉をほぐし、スープに塩、胡椒、小麦粉を加え、たまごでとじてご飯にかけるという、ぶっかけ飯風のものであった。その後続く料理本にも、ピラフ風やデミグラスソース風のチキンライスが紹介され、大正末期頃に現在に近いものになったらしいが、国産ケチャップの誕生が1908(明治41)年というから、納得できる。現在のようなチキンライスは、1918(大正7)年刊『婦女典範実用家庭顧問』に登場するという。
一方、オムライスが料理書に初めて登場したのは、1928(昭和3)年刊『家庭料理法大全』とされている。現在の一般的なオムライスが生まれた店として知られているのが、大阪の洋食屋『パンヤの食堂』(現在の北極星)。創業から3年経った1925(大正14)年頃、胃腸が弱くて毎日オムレツとライスを食べている常連客を、「いつも同じものでは気の毒だ」と思った店主が、ケチャップで炒めたライスを薄焼きたまごで包んだ創作料理を出してあげた。その美味しさに感動した客から料理名を尋ねられ、店主はとっさに、「オムレツとライスで、オムライス」と答えたのがオムライス誕生の、心温まる由来である。
私のオムライスorチキンライス葛藤問題
振り返ればその原因は母親のせいであるかもしれない。彼女は、「チキンライス作ろか」と言いつつ、毎度仕上げの段になると、チキンライスをたまご焼で包んでいたからだ。テーブルに出されたオムライスを見たおチビの私が、「あれ?チキンライスちゃうのん?」と言うと、母は、「たまごがのってた方が美味しいやん。いらんかったら、たまごを除けて食べ。」と、ちょい意地悪スマイルで言ったものだ。
そんなことを思い出して笑いながら、今日は当初の予定通り素直に作った春たまごで包んだオムライス。ホワホワのたまご、ケチャップの香味、プリプリの鶏肉、そこへ懐かしい食の記憶というスパイスも加わり、格別の旨さであった。
歳時記×食文化研究所
北野 智子
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