旧暦七十二候では、6月16日から20日は「梅子黄(うめのみきばむ)」で、降る雨を恵みに、梅の実が黄色く色づく頃のこと。ゆえにこの時季に降る雨を「黄梅雨(きづゆ)」という風情のある名前で呼ぶ。そういえば、月初めに出て来た青梅もそろそろ黄色くなり、爽やかな青香も甘い芳香になってきた。ニューノーマル生活における、蒸し暑さ倍増の“梅雨マスク”の辛さに気を取られがちだが、訪れた季節はちゃんと暦通りに旬の恵みを届けてくれていることに気付き、心がほっとする。
梅雨の時節をお家でゆったり愉しむ昔ながらの「梅しごと」の梅干しづくりで、毒消しライフシリーズのシメということに。
ことわざで味わう梅の力と秘められた知恵
中国から薬木として日本に梅が渡来したのは奈良時代。以来、健康増進や疲労回復、食あたり防止などによいとされてきた梅は、日の丸弁当や梅干しおにぎり、茶請け、料理の味付けほか、我々日本人の食生活と健康を支えてきてくれた。そんな特別な存在の梅ならではのことわざがいろいろとある。
ことわざは漢字では「諺」と書くが、古くは「祝言(まじないごと)」と同じだったという。言葉によって禍を祓い、病気を治す力があると信じられてきた。古代日本では、言葉に宿っていると信じられていた不思議な力のことを「言霊(ことだま)」と呼び、発した言葉通りの結果を現す力があるとされてきた。長い歴史の中で、人々が記憶してきたことわざや、その土地土地で古くから口伝えされてきたことわざなどがあり、「大和の国は 言霊の幸(さき)はふ国」ともいわれてきたそうな。最も古いことわざは定かではないが、平安時代中期の文学者・源為憲(みなもとのためのり)が記した『世俗諺文(せぞくげんもん)』(寛弘4年/1007)が現存最古のことわざ辞典とされている。
では梅に関することわざを挙げてみよう。
●「梅はその日の難のがれ」「朝茶に梅干し」:朝、梅干を食べておくと、その日一日が何事もなく、無事に過ごせる。
●「番茶梅干し医者いらず」「医者を殺すには刃物はいらぬ、朝昼晩に梅を食え」:一日一粒の梅干を食べると医者はいらない。
●「梅干しは三毒を消す」:梅干しは食べもの・血・水の三毒を断ってくれる。
●「梅干には命を守る七つの徳がある」:古くから養生法として伝えられてきた「梅干しの七徳」があり、「毒消し」「防腐」「疫病除け」「保存」「呼吸を整える」「鎮痛」「梅酢の効」のこと。
●「梅干しと友人は古いほど良い」:梅干しは長く漬けたものほど味がよく、昔からの友人は気心が知れて信頼できることをいう。
●「梅は食うても核(さね)食うな中に天神寝てござる」:梅の種の中の核は(仁という)、毒があるから食べてはいけないという戒め。仁は飛梅の伝説から「天神」とも呼ばれる。
遊郭に伝わる妖しい梅の常備薬
江戸時代、遊郭には「袖の梅」という梅の常備薬があり、吉原名物といわれるほどに人気があった酔い覚ましの薬だという。その処方はよく分かっておらず、梅肉のエキスを丸薬に加工したものではないかとされているらしい。
初めのうちの効能である酔い覚ましは頷けるが、そのうちに様々な効能を謳い出すようになる。頭痛、食傷、滋養強壮などはまだしも、強精作用から果ては避妊、性病予防の薬などと口コミで広まっていったとか。遊郭という特殊な場所ならではの勝手な期待がこもった、まことしやかな効能に笑ってしまう。
一番好きな梅干しの食べ方
「コレと食べるのが一番!」という梅干し使いは人それぞれにあり、身近なものでは梅干しおにぎりが挙げられると思うが、私にはおにぎりに梅干しという選択はまるでない。たらこ、鮭、粕漬け数の子、うにくらげ、松前漬、ちりめん山椒、いくら、昆布、鰹節、岩海苔と、好きなおにぎり芯ベスト10は全て海の幸なのだ。
梅干しは、うどんと食べるのが好きである。すでに梅雨入り後の現在、何度かツルツルやっているのが、昨年漬けた梅干しを気前よく2~3個と青紫蘇、大根おろしをのせた喉越し爽やかな冷やしうどん。寒い時季の梅干しと玉子とじをのせた温うどんも好きで…と書きつつ、今その理由に思い至った。要するに最も梅干しサマにお世話になるのは、お酒を飲んだ翌日の酔い覚ましとしてであり、酒の毒消しだったのだ。吉原名物「袖の梅」を笑えない私であった。
歳時記×食文化研究所
北野智子