【歴メシを愉しむ(52)】
春たまごでふわふわ~になろう

カテゴリー:食情報 投稿日:2020.04.26

4月も半ばを過ぎたというのに肌寒かったり、ぐずついた雨曇りの日があったりと、ついつい不安な現在の世情と結びつけて気が滅入るが、今は二十四節気の「穀雨」の時節(4月19日~5月4日)。「百穀を潤す春雨」という意味で、大地の穀物を育ててくれる春雨が降る頃を迎えている。この春雨は別名「菜種梅雨(なたねづゆ)」とも呼ばれ、菜種の花が盛りの頃に降る雨ということからこんな風流な名前が付いたそう。そういえばその色・形が菜種の花に似ていることから「菜種たまご」という料理名の炒りたまごがあったな…。そうだ、気が滅入っている場合ではない。今日の「今春の、お家で楽しむ美味しいシリーズ」は「たまご」でいってみよう。

 

たまごの旬は春だった

年中買えるたまごは我々にとって身近な存在であるが、その旬は春とされている。(注:平飼いや放し飼いなど自然に近い環境で育った鶏の有精卵のこと)

その理由は、およそ千年も昔の原種に近い鶏は、春の時季にしかたまごを産まなかったからとか。品種の掛け合わせが進んだ現在でも、一年の間で鶏のコンデションが最も良いのは春とのことで、「春たまご」は美味とされている。なるほど、春が訪れた土に芽吹いた新芽を食べた鶏は、春の息吹を身体に取り入れるであろうことからも想像がつく。

旧暦・七十二候の最後の候(1月末~2月頭)である「鷄始乳(にわとりはじめてとやにつく)」は、春の訪れを感じた鶏がたまごを産み始める頃のことで、産むという意を持つ「乳」を「とや」と読ませているのは「鳥屋(とや)」で、鳥を飼っておく小屋のこと。また俳句でも「たまご」は春の季語ということからも、たまごの旬は春なのだと納得できる。

そういえばヨーロッパでは、昔からたまごは季節の移り変わりを告げ、冬の終わりを祝う「春の象徴」であり、イースターの頃には「イースターエッグ」として、贈り物にされたり、たまごの料理を食べたりして祝うという。

 

江戸時代に花開いた日本のたまご料理

日本では長くたまごに関する料理は現れなかったようで、文献にも登場せず、それが花開くのは江戸時代。天明2(1782)年に百種もの豆腐料理を記した『豆腐百珍』という料理本が出版され、「百珍もの」と呼ばれる料理本ブームを作った。その3年後の天明5(1785)年、『万宝料理秘密箱』という103種ものたまご料理が紹介されている料理本が出版された。別名『卵百珍』と呼ばれ人気を博したこの本は、世界初の卵料理のクッキングブックといわれている。

 

吉原界隈には「湯出鶏卵(ゆでたまご)売り」がいた

江戸時代には多種多様な食べものを売る出商人(であきんど)がいた。江戸後期、江戸や京坂の風俗を絵入りで記した『守貞謾稿(もりさだまんこう)』という事典的な書物には「湯出鶏卵売り」が描かれている。茹でたまごの値段は大きいサイズで二十文で、売る時の声は、「たあまご、たあまご」と必ずふた声で、一声でも三声でもなかったそう。この「湯出鶏卵売り」、手ぬぐいでほっかむりをして着物の裾をからげ、たるんだ股引を履いていて、見るからに妖しい姿だ。それもそのはず、当時 鶏卵は「精のつくもの」として、多くは吉原界隈で売り歩いていたという。

ほかにも『守貞謾稿』には、この頃のそばやうどんが十六文(現在なら400円程)だったとあり、湯出鶏卵が一個二十文(現代なら500円程)とは、たまごは高価だったことがわかる。ちなみに鶏卵うどん(たまごとじうどん)の値段は三十二文(現代なら800円程)だった。

 

「玉子ふわふわ」ってどんな料理?

江戸時代に流行したたまご料理で有名なものが「玉子ふわふわ」。なんとも微笑ましいオノマトペな名前のこの料理は、江戸初期、寛永20(1643)年刊行の『料理物語』に登場する。「玉子をあけて玉子のから三分一だしたまり煎酒(いりざけ)を入れよくふかせて出し候…」とある。「ふかせて」とあるが、同時代の別の料理本によると、「煮立てる」や、「鍋に焦げつくので」などという記述があるらしいので、蒸すのではなく、煮ることのようである。やがてこれが蒸し器に入れて蒸すようになり、茶碗蒸しに発展したそうだ。

 

春たまごの「エッグ」で巣ごもりハイボール

ということで、今日の「今春の、お家で楽しむ美味しいシリーズ」は、ウイスキーに合う春たまごのアテで巣ごもりタイムを楽しむことにする。

私が長年愛する大阪の老舗BAR・サンボアの大大大好きなアテ、その名もズバリ、「エッグ」である。(「エッグ」があるのはお初天神そばの北サンボア、新梅田食堂街の梅田サンボアのみ。)

この一品、「作ろう」というほどの時間も手間もかからない。材料はたまごとバター、塩と胡椒のみ。ただし、直火OKの小さな土鍋(たまご2個を割り入れることができるサイズ/以降、ココット風鍋と呼ぶ)か、鉄製のスキレットなどが必要だ。(多くはないが、「エッグ」用の鍋を売っている店もある。)

 

【エッグの作り方】

(1)たっぷりのバターを塗ったココット風鍋にたまご2個を割り入れ、弱火にかけ、“早めの半熟状態”になれば出来上がり。(2)ココット風鍋を皿にのせ(火傷に注意!)、急ぎテーブルのハイボールの傍らへ運ぶ。熱々のたまごを、白身と黄味が好みの配分になるようクチュクチュッとスプーンでかき混ぜ、塩・胡椒をかけて、ハイボールと楽しむ。

 

たまご2個というのは、美味しすぎて到底1個では足りず、すぐにまた作らなければならないからである。小腹が空いているなら、ちょいと炙ったバゲットを添えるとよい。

ああ、書いているだけでヨダレが出てしまう、私の相棒「エッグ」。超カンタン手間いらずなのに、何故にたまごはこんなにも美味しく、幸せな心地にしてくれるのだろうか。まさに江戸時代の料理名のごとく、「たまごふわふわ~」である。

こんな時間をゆるゆる過ごせるなら、菜種梅雨も、巣ごもりも悪くはない。

歳時記×食文化研究所

北野智子

 

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この記事を書いた人

編集部
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