いつ地震が来てもおかしくない日本列島。万一に備え役立つ非常食を確保しておきたいものです。
これからお話しするのは、日本人にとって理想的な非常食の数々。水とこれら非常食があれば、他の食品なしに何日も自分や家族が、生き延びることができるだけでなく、体と心の健康を保つこともできます。日本人が長い歴史の中で育んできたこれら保存食を「賢者の非常食」と名付け、順にご紹介します。
鰹節は栄養の塊
究極の保存食である鰹節は、焙乾(ばいかん、熱と煙による乾燥)とカビの力で徹底的に水分が抜かれ、原料である生の鰹の五分の一の容量に縮んでいます。水分を抜かれたあとに残る成分は、七〇%以上がタンパク質、残りがうま味成分という栄養の塊(かたまり)になるのです。
しかも、カビが節の表面で増殖中に油脂分解酵素リパーゼを分泌して、あのギトギトし た鰹の脂肪をすべて脂肪酸とグリセリンに分解し、さらにその分解物を食べてしまうので、 脂肪分がまったく残りません。
鰹節の持つうま味の主成分は、魚体にたっぷり含まれるタンパク質を分解したアミノ酸 と、鰹節菌が繁殖しながら生産したイノシン酸です。この両者が混在すると鰹節のうま味を極限にまで引き上げてくれます。このような完璧な食材は、出汁をとるだけで捨ててしまうのはもったいないので、出汁殻(がら)はしゃぶり尽くすのが一番です。
馬力をつける非常食、カチューユとは?
そこで、鰹節を使った非常食として、沖縄県の「カチューユ」を紹介します。これは沖縄料理でありながら、旅行者はほとんどお目にかかることができない食べものです。沖縄料理店や食堂のメニューには載っていませんが、沖縄県人でこれを食べたことがない人はいないと言うくらいよく食べられています。
カチューユの「カチュー」とは鰹のことで、「ユ」は湯です。 つまり、カチューユは鰹節にお湯を注いだ料理ということになります。沖縄県の人は、子どもの頃風邪をひいたり、 元気がなくなったとき、お母さんがカチューユを飲ませてくれたそうです。
製法は、丼に削り節をどっさり入れて、熱々のお湯をかけます。そこに味噌を少し加え(ま れに醤油を加えた家もあるそうです)かき混ぜるだけの極めてシンプルなものです。薬味には刻んだネギを加えます。早く馬力をつけたいときには、おろしたニンニクをどっさり加える人もいるそうです。
これを飲んで鰹節までむしゃむしゃ食べると、おいしいだけでなく急場の力が付きます。 沖縄県では病弱なときにこの一杯で元気を取り戻した経験のある人が無数にいるのです。非常食として用意した鰹節は、カチューユで役立てましょう。
小泉武夫