さて、糸引き納豆が二タイプある納豆のうちのひとつだとすると、納豆にはもう一つのタイプ「塩辛納豆」があります。歴史的にはこちらの方が古く、奈良時代に中国から伝来してきました。糸引き納豆が納豆菌で発酵させるのに比べ、塩辛納豆は麹菌(こうじきん)と乳酸菌を主体とした発酵なので、製法的にはまったく別物です。
塩辛納豆は、室町時代に「唐納豆」と呼ばれていましたが、その後寺院で作られることが多かったので、京都では作られる寺院の名で「大徳寺納豆(だいとくじなっとう)」「天竜寺納豆(てんりゅうじなっとう)」と呼ばれました。おもに京都を中心に関西で食べられていましたが、遠江(とおとうみ・静岡県西部)の浜名湖岬で作られた塩辛納豆は「浜納豆(はまなっとう)」という名で江戸にも入りました。徳川家康は静岡の出身だったので、浜納豆を大層好んだそうです。
塩辛納豆の製法は糸引き納豆とはかなり異なり、煮た大豆を室(むろ)の中に敷いたむしろの上に広げて麹菌の繁殖を待ちます。今では待たずに最初から種麹(たねこうじ)を付ける方法が一般化しているようですが、三日もすると大豆の表面を覆い始めるのが大豆麹です。この大豆麹を塩水に漬け、三〜四ヵ月発酵させます。このとき発生する菌は、酸味の強い乳酸菌です。これを取り出して広げ、乾燥して完成します。
最初に大豆に付ける菌は醤油用の麹菌です。そのためタンパク質の分解力が強く、大豆のタンパク質をうま味のあるアミノ酸に換えて味が深くなります。できた塩辛納豆は暗黒色で、たまり醤油や八丁味噌に似た味になるのです。
この塩辛納豆には、一粒ごとに大量のタンバク質やアミノ酸、ビタミン類が含まれています。味は塩辛さと酸っぱさがミックスされ、濃厚な風味と郷愁(きょうしゅう)をそそる発酵臭があって、私は大好きです。
塩辛納豆の食べ方は、そのまま食べてもいいのですが、お粥(かゆ)に二、三粒のせてかき混ぜながら食べるか、みじん切りにしてお茶漬けで食べる方法が良いでしょう。非常時にはお粥が炊けなかったりお湯が沸かせなかったりしますが、そういうときはそのまま食べるのがいちばんです。(つづく)