【小泉武夫・食百珍】冷物(ひやしもの)

カテゴリー:食情報 投稿日:2017.08.08

 日本の風土が生んだ料理

 熱くなると冷たいものを摂(と)りたくなるのは、人間の自然の要求である。夏の日本には昔から「冷物」料理があって、今日でも暑い日の食卓に風情を味わわせてくれる。

 元禄時代の「『酌の次第(しゃくのしだい)』に、冷物は夏の瓜など、また何にても錫(すず)の鉢、あるいは茶碗の物などに入れて、冷し候て出すをいうなり」とある。昔から冷物は、夏をいろどる風物だったのだろう。じめじめしたむし暑さの続いた梅雨が明けると、今度はカンカン照りの真夏が来る日本では、他の国に類をみないほど多種にわたって、冷たい料理がみられるのは当然なのである。

 「冷汁(ひやしじる)」は、味噌汁やすまし汁などを、その器とともに冷やしたものを指すが、正統なものは鳥肉や鯛(たい)をあぶり、細末にしたものを煮抜き仕立てにし、生姜、茗荷(みょうが)、浅葱(あさつき)、焼味噌、すり胡麻などを加えてから冷やしたという。

 「水貝」は、生きた鮑(あわび)の肉の正面に塩を振り、それを束子(たわし)で力強くこすると、肉が締まって、ますます固くなる。そこで、貝から身をはがし、ワタを別にとって、肉の方だけなお塩もみしてよく締め、さっと水洗いした後、賽(さい)の目に角切りし、キュウリ、桜桃とともに冷水に入れ、山葵(わさび)醤油で食する。コリコリとした歯ごたえは、まさに夏料理ならではの涼味あふれるものである。

 ご存知「冷奴(ひややっこ)」は、冷水を器に入れ、これに氷の破片を浮かせて、分角の方形に切った豆腐を沈めたもので、付けの生醤油には少量の酒を割り、花鰹を添え、薬味に刻みネギ、おろし生姜、青紫蘇、七味蕃椒(しちみとうがらし)などをそろえてうれしい。

 「冷麦(ひやむぎ)」は、小麦粉を原料として、うどんと同じ工程でつくられるが、うどんより細い。熱麦(あつむぎ/麦とは麵の意味)に対し、氷などを浮かして冷やして食べるので、この名がある。

 一方、「冷素麵(ひやしそうめん)」は、小麦粉を塩水でこね、これを胡麻油や菜種油をつけてさらに細く引き延ばし、日光に乾かしたもので、やはり茹(ゆ)でたものを冷水にひたし、冷たい汁をつけて食べる。

 

 水の良い国の知恵

 暑い夏は体の消耗が激しいから、甘いもので疲れをいやそうと冷菓も多い。「水羊羹(みずようかん)」は寒天の量を減らした冷味豊かな菓子であり、糯米(もちごめ)でつくった「白玉(しらたま)」は、冷水や氷を配して砂糖をかけてよく、「茹小豆(ゆであずき)」や「蜜豆」も冷やして、たいそう喜ばれる。冷たい水に放したものを、細く突き出して酢醤油で食べる「心太(ところてん)」も涼味をよぶというものである。

 日本で、このように冷たい食べものが、昔から実に多くあるのは、何といっても、世界有数の水の良い国だったからである。

 地下深く掘った井戸水は、くみ上げられると、夏でも冷えびえとしていて、冷物を数多く生むのに格好だったからにほかならない。日本の文化というものの大概は、他国に比べて、水との関わりがたいそう深いのが特徴で、食の文化において、その関係は一段と深まる。酒や茶などのあらゆる嗜好食品や料理に至るまで、その善しあしは水によって決まる、といわれるほどである。良い水を持った民族ほど、高度できめの細かい食の文化を持つのは、当然のことなのである。

 光るがごとく清澄し、冷たくそして美味な水を使って、夏に冷物、冬に暖物(あたためもの)を味わってきた日本人は、それらの料理を通して、暑さや寒さを良しとしながら、そこに風情をはさんで通りぬけてきたのである。

小泉武夫

 

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編集部
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